「DeNA2-3巨人」(21日、横浜スタジアム)

 巨人は21日、5年ぶり37度目(1リーグ時代を含め46度目)のリーグ優勝を決めた。今季から3度目の政権を任された原辰徳監督(61)は、監督として自身8度目のリーグ制覇を達成。厳しさを前面に出した前政権までとは一転、「のびのび野球」を掲げてつかんだ栄冠だった。もちろんこれで満足はしてない。10月9日からのCSファイナルSを勝ち抜き、最終目標の日本一奪還に臨む。

【写真】お酒のトラブルNO!巨人がビールかけで未成年対策

 感極まった。あふれる涙が止まらなかった。歓喜の胴上げで原監督は両手を天高く突き上げ、目に涙をためながら、8度舞い上がった。「年をとるとちょっと涙腺が弱くなるかもしれません。久しぶりに優勝ができたということはここにいらっしゃるファンの皆様、ありがとう。おめでとうございます」。思いの丈をぶつけ、喜びをかみ締めた。

 常勝チームとして、これ以上優勝から遠ざかることは許されない。命懸けで優勝へ導くと腹をくくってタクトを振った。前回の退任時に、指導者として終わりと決めていた。それだけに就任要請を受けても、即受諾はためらった。ゴルフシニアツアーに本格参戦のさなかだった。それでも引き受けたのは「やっぱり使命感だよね。ジャイアンツは“ふるさと”だから」。古巣への最後の奉公。恩返しを果たすためにと、V奪回を勝ち取ると誓った。

 厳しさを前面に出した前回就任時とは違い、3度目の政権は「のびのび野球」をモットーに掲げた。評論家時代、見識を広めるため歌舞伎やミュージカルを積極的に見に行った。「レ・ミゼラブル」「マイ・フェア・レディ」を見て感動。演技者の躍動感のある姿に「野球に対しても大事にしないといけない部分があった」。楽しくプレーすることも大事なことと悟った瞬間だった。

 選手との距離を縮めることも心がけた。後半戦直前の球宴第2戦後のことだ。丸、坂本勇、山口ら出場選手と大阪市内で慰労会を催した。ワインをこよなく愛す指揮官は、1本50万円ほどする「ロマネ・コンティ」を選手に振る舞い、後半戦への団結を図った。また、密に連絡を取り合うため原監督と野手限定の“ジャイアンツ野手グループLINE”を開設し参加。後半戦に入り連敗が続くや「切り替えて行こう!」と送信。ある選手から「よっしゃー。負けないぞ!」と返信され喜びもした。「和と動」のチームスローガン通り、結束が大きな力となった。

 昨年、還暦を迎えての監督就任。「(体力が)簡単に下がっちゃ困るよね。少しは抵抗しないと」。健全な精神、健全な肉体維持へ、遠征先では付き人をつけず人目につかないよう帽子を目深にかぶり、ウオーキングをほぼ欠かさず行った。「頭の中を空っぽにして、スッキリしてね」。永遠の若大将を保つため、己を磨いた。

 「巨人軍は個人軍であってはならない」。今季、岡本、坂本勇、ゲレーロ、ビヤヌエバの長距離砲にも送りバントを命じた指揮官だが、実は温めている采配がある。「“遠山スイッチ”をやってみたいんだ」。1999年に野村克也氏が阪神監督時代に編み出した継投策で、代表的なのは遠山-葛西-遠山という継投。左腕の遠山は左打者に対した最初の登板後、右打者との対戦では葛西にマウンドを譲って一塁を守り、その後左打者を迎えた場面で再登板する秘策の再現を思い描いている。

 1つ目の頂点はつかんだ。次なる目標、2012年以来7年ぶりの日本一奪回。「まだまだ、道は険しいでしょう。しかし、我々は謙虚にスタートしたチーム。その気持ちは変わらずに目標を達成したい」。CS、日本シリーズも既成概念を捨て、勝利へのタクトを振る。


<DeNA2-3巨人>◇21日◇横浜

巨人が14年以来、5年ぶりセ・リーグ37度目、1リーグ時代から通算46度目のリーグ優勝を決めた。

【写真】東京ドームを引き揚げる矢野監督

<セ他球団監督のコメント>

DeNAラミレス監督 細かい数字は1番じゃなくても順位はトップ。その日その日を絶対に勝ちにいくという気持ちが強い。弱点のないNO・1チーム。

◆広島緒方監督 勝ったチームが強いということ。(シーズン序盤に)いいスタートが切れなかった。実績のある投手が不調、もしくは故障というところで抜けた穴を埋め切れなかった。

◆中日与田監督 巨人は一振りで1点が入るという強さを持っている。代打陣についても、非常に強力な選手がたくさんいる。いろいろな反省点はある。

◆阪神矢野監督 得点力に一番、差を感じた。丸が入ったことで2、3番が固定され、坂本勇、丸の相乗効果が大きかった。成績を見れば、うちが貯金をつくらせてしまった。もっといい勝負をしないといけなかった。

◆ヤクルト小川監督 チーム力が非常に高かった。丸の加入は大きかった。言うのはおこがましいが、原監督が駒をうまく使って、チーム力を上げていた。


 ◇セ・リーグ 巨人3―2DeNA(2019年9月21日 横浜)

 平成元年Vから令和元年Vへ、涙、涙の奪回だ。マジック2としていた巨人は21日、2位・DeNAに延長10回の末、3―2で逆転勝ちし、5年ぶり37度目(1リーグ時代を含め46度目)のリーグ優勝を決めた。就任3度目で4年ぶりに復帰した原辰徳監督(61)は球団ワーストタイの4年連続でV逸していたチームを立て直し、歴代5位タイの自身8度目のリーグ制覇。常勝軍団を復活させ、7年ぶりの日本一奪回を目指す。

 勝負の鬼が泣いた。原監督は顔全体を紅潮させて号泣した。右の、左の手のひらで拭いながら歓喜の輪に歩を進める。「あれほどあからさまに涙が出るとは自分でも驚いた。自分にとって素晴らしい涙」。61歳の震える背中を、選手の太い腕が8度持ち上げた。現役時代の背番号、くしくも自身の優勝回数だった。

 前回優勝の14年と同じ横浜スタジアム。上空から同年に78歳で他界した父であり東海大相模監督の貢氏が見下ろしていただろう。今季は師の人生訓である「和と動」を掲げて戦った。動――。7回は3者連続の代打攻勢で1点をもぎ取り、10回までに22人を使った。死闘を増田大の中前打で勝ち越し、90年以来の延長での歓喜の和――。「年を取ると、涙腺が弱くなるかもしれないですね」。肩を抱かれた阿部も泣いた。

 昨年の2月、熱海の梅が奇麗な季節だった。86歳の母・勝代さんを初めて旅行に誘った。例年ならキャンプを張っている時期。客室に露天風呂を備える宿「熱海ふふ」で水入らずの時間を過ごした。語らいながら和食に箸をのばし「一緒の部屋で寝て。本当はお風呂で背中を流そうと思ったけど、さすがに入れなかったね」と笑う。

 高校時代から寮生活を送り、母とは15年しか寝食を共にしていない。「おふくろも少し老いてね。照れくさいよ。照れくさいけど凄くいい思い出」。梅園や美術館を車で巡り、陰ながら支えてくれた母に感謝の気持ちを伝えた。「俺の中では休息」という3年間だからできた孝行だった。

 休息のさなか、古巣は史上ワーストタイの4年連続V逸。球団は昨夏から水面下で復帰要請の準備に入った。当初は監督以外のポストも模索した中、10月10日に山口寿一オーナーが球団事務所で正式要請。編成部門で手腕も振る「全権監督」で再建の道を選んだ。

 還暦で迎えた3度目の指揮。第2次政権時はメディアの前で怒りもあらわにし「三度鬼になった」と言うが、息子よりも年の離れた選手たちを「二度叱って一度褒めた」。一方で勝利への執念は健在。岡本の4番降格や坂本勇の犠打に見られるよう、非情に徹した。

 毎朝「どこかに鬼の気持ちを」と呼び覚ますため寝室に飾った絵画を見た。09年WBCで世界一に導いた際、感銘を受けた全米屈指のイラストレーター、バーニー・フュークス氏から贈呈された「タイ・カッブ=写真、AP」の肖像画。ピート・ローズに破られるまでメジャー歴代1位の4191安打を誇り、首位打者を12度獲得した名選手だ。

 鋭い眼光。「顔なんか凄い厳しい目をしていて鬼みたいな感じがする。奇人、変人、天才、鬼才」。勝利への執着心は常軌を逸し、スパイクの歯を向けて滑り込むラフプレーでも有名だった。「時に鬼になることは良い指導者。優しさがあるから鬼になれる」という信念で、V逸なら5年連続で球団最悪となる重圧をはね返した。

 「原点、初心という思いだった。初めての優勝という気持ち。今年は全員で戦うチーム。勝つことに飢えていた」。最大10・5ゲーム差を一時0・5差まで迫られたが、頂点に立った。7年ぶりの日本一奪還へ、涙の名将は言った。「まだ物足りない。まだ強くなる」と。 (神田 佑)