22日に行われた「第3回東京マラソン」で、テレビ番組の収録で出走したタレントの松村邦洋(41)がコース上で意識を失って倒れ、救急車で搬送された。一時は心肺停止状態となった。意識は回復し、命に別条はないが、都内の病院に入院した。松村は昨年も同大会に参加したが、途中でリタイア。「今年こそは」と意気込んでいた。 

 松村が倒れたのは、号砲から約2時間20分後の午前11時半ごろ。スタート地点の都庁前から約14・7キロ先の港区高輪2丁目付近で立ち止まると、崩れるように倒れ、心肺停止状態に陥った。

 付近で取材していた日本テレビの右松健太アナウンサー(30)が119番通報。「ぐったりした様子で口から泡を吹いて目はうつろだった。周りの人の呼び掛けに答える様子はなかった」と、当時の状況を話した。

 駆け付けた医師が自動体外式除細動器(AED)で呼吸を回復させ、渋谷区内の病院に救急搬送。精密検査した。午後6時半すぎ、報道陣に対応した所属事務所の担当者によると、意識は回復しており「生命の危機はない」という。

 松村は東京メトロポリタンテレビジョン(東京MX)の情報番組「Tokyo’Boy」(日曜後9・00)の収録で参加。昨年2月17日の第2回大会では35キロ地点の制限時間(5時間半)に間に合わず、ここでリタイア。「今回こそは」と完走を狙っていた。

 同番組内で五輪メダリストの有森裕子さん(42)らを育てた金哲彦氏(45)のもとで特訓を受け、事務所の担当者も「トレーニングは十分やってきた」と説明。この1週間は都内でテレビ収録のほか、地方のイベントにも参加していたが、「朝から仕事詰めの状態ではなかった。(22日の)朝も元気そうだった」と話した。事務所側は23日に経過を説明する。

 公式ホームページによると、松村は1メートル64、128キロ。同じ巨漢の元横綱、曙太郎(39)=195キロ=は今回出場を目指したが、ドクターストップで断念している。

 松村にとってフルマラソンは4度目。07年7月、「ゴールド・コーストマラソン07」(オーストラリア)を9時間9分6秒で"完走"。昨年7月の同大会では6時間51分40秒と自己記録を更新。制限時間(7時間10分)以内での完走となり、初めて公式記録に名前を刻んだ。


 22日の東京マラソンに出場中、意識不明で倒れた松村邦洋(41)が所属する太田プロダクションが22日、報道各社に向けて松村の現状についてファクスで報告した。

 松村がマラソン中に前兆なく突然意識を失った原因は、血圧が一時的に急激に下がる急性心筋梗塞による心室細動(しんしつさいどう)によるものだという。突然死を回避するため、マラソン事務局スタッフと医師による自動体外式除細動器(AED)で電気ショックを与えるなど迅速な処置を受けて、病院へ搬送された。搬送中に意識は取り戻したが、検査処置には安静状態が必要なため、現在は鎮静処置を施しているという。

 さらに心疾患には今後、合併症を伴う危険性があり、病状が確定しない予断を許さない状態が続いているという。