5日午前11時45分ごろ、沖縄県宮古島市にあるホテル(4~11階建て)の2階部分の屋上で、このホテルを宿舎に春季キャンプ中のプロ野球オリックスの小瀬浩之外野手(24)が死亡しているのを駆け付けた救急隊員が見つけた。県警は飛び降り自殺したとみて、詳しい状況を調べている。

 地元消防などによると、午前11時35分すぎにホテルの従業員から「男性が血を流して倒れている」と119番があった。小瀬外野手はあおむけに倒れており、靴は履いていなかったという。

 オリックス球団は同日夜、ホテルで記者会見し、村山良雄球団本部長は「バファローズにとって、なくてはならない選手。一緒にやってきた仲間を失って、何を申し上げていいか分からない状態。頭の中が真っ白。若くて将来を有望視されていただけに、大変残念な気持ちです」と沈痛な面持ちで語った。6日には遺族が宮古島に入り、警察から説明を受けるという。

 小瀬外野手は香川・尽誠学園高から近畿大を経て2008年、大学生・社会人ドラフト3巡目指名でオリックスに入団。俊足好打の外野手として期待されていた。



 5日午前11時半過ぎ、沖縄・宮古島市でキャンプ中のプロ野球「オリックス・バファローズ」の小瀬浩之選手(24)が滞在中の宿舎から転落し、死亡した。自殺とみられている。

 消防などによると、5日午前11時半過ぎ、宮古島市のホテルの従業員から「ホテルの敷地で男性が血を流して倒れている」と通報があった。救急隊が駆けつけたところ、男性はすでに死亡していて、その後、小瀬選手と確認された。

 球団によると、5日はチームの練習は休みで、ほとんどの選手たちが宿舎にいたという。警察は、小瀬選手が飛び降り自殺を図ったとみて調べている。



 オリックスの小瀬浩之(おぜ・ひろゆき)外野手(24)が5日、キャンプ地の沖縄県宮古島市内のチーム宿舎(4~11階建て)で転落死した。午前11時45分頃、建物の一部である2階部分の屋根で死亡しているのを駆け付けた救急隊員が見つけた。詳しい死因や動機は不明ながら、県警は飛び降り自殺したとみて、詳しい状況を調べている。春季キャンプ中に選手が死亡する前例のない事態に、球界に衝撃が走った。

 午前11時すぎ、ホテルの男性従業員が2階部分の空調スペースで大量に血を流して倒れている小瀬選手を発見した。同11時37分に119番通報して救助を要請。通報から6分後に宮古島消防本部上野出張所の救急隊員が現場に到着した際には、すでに意識不明の状態だった。同出張所は「意識と呼吸がない状態。死後硬直で傷口がふさがっていた」と説明した。

 ホテル高層階の非常階段部分から飛び降りたとみられる。後頭部の損傷が激しく即死状態だった様子。あおむけに倒れ、靴は履いていなかった。午後には球団関係者が遺体を確認。現場検証にあたった宮古島警察署は事件性はないと判断した。

 球団では午後8時から宿舎で村山良雄球団本部長が会見を開き「バファローズにとってなくてはならない選手。一緒にやってきた仲間を失って、何を申しあげていいか分からない状態。頭の中が真っ白。若くて将来を有望視されていただけに大変残念な気持ちです」と沈痛な面持ちで語った。

 自殺か事故か、遺書の有無など詳細は「警察で調査中」という理由で明かさなかった。6日に父の富雄さん(63)や由紀子夫人(25)らが宮古島入りし、遺族が本人確認をした上で警察側から死因などが正式発表される見込みだ。

 小瀬選手は3年目の俊足好打の外野手で「イチロー2世」の呼び声が高く、1年目後半から1軍に定着。昨季は78試合出場で打率・303を記録するなど今季はレギュラー獲りも期待されていた。あこがれのイチローには一昨年オフの自主トレから弟子入り。イチローから「天才やろね。人が持ってない動きを持っている」と高い評価を受け「ホゼ」と命名されるなど可愛がられていた。

 ◆小瀬 浩之(おぜ・ひろゆき)1985年(昭60)9月2日、大阪府出身。尽誠学園では2年春にセンバツに出場し8強。近大では1年時からベンチ入りしリーグV5度。首位打者2回、MVP1回を獲得するなど1番打者として活躍。07年の大学・社会人ドラフトでオリックスから3巡目指名を受け入団。08年7月15日ロッテ戦(千葉マリン)で「9番・左翼」で先発でプロ初出場し初安打と初盗塁もマーク。1軍通算成績は136試合で打率・287、1本塁打、30打点、年俸2500万円。背番号41。1メートル80、73キロ。右投げ左打ち。



5日午前11時45分ごろ、沖縄県宮古島市にあるホテル(4~11階建て)の2階部分の屋上で、このホテルを宿舎に春季キャンプ中のプロ野球オリックスの小瀬浩之外野手(24)が死亡しているのを駆け付けた救急隊員が見つけた。県警は飛び降り自殺したとみて、詳しい状況を調べている。

 地元消防などによると、午前11時35分すぎにホテルの従業員から「男性が血を流して倒れている」と119番があった。小瀬外野手はあおむけに倒れており、靴は履いていなかったという。

 オリックス球団は同日夜、ホテルで記者会見し、村山良雄球団本部長は「バファローズにとって、なくてはならない選手。一緒にやってきた仲間を失って、何を申し上げていいか分からない状態。頭の中が真っ白。若くて将来を有望視されていただけに、大変残念な気持ちです」と沈痛な面持ちで語った。6日には遺族が宮古島に入り、警察から説明を受けるという。

 小瀬外野手は香川・尽誠学園高から近畿大を経て2008年、大学生・社会人ドラフト3巡目指名でオリックスに入団。俊足好打の外野手として期待されていた。



 ◆阪神・古谷真吾球団代表 1988年7月19日、宿泊していた東京・紀尾井町のホテルニューオータニから飛び降り自殺。主力選手の契約問題で悩んでいたという。

 ◆阪神・渡辺省三スカウト 1998年8月31日、兵庫・神戸の雑居ビルから飛び降り自殺。夫人は「自殺するような心当たりはない」と話した。

 ◆オリックス・三輪田勝利編成部長 1998年11月27日、出張先の沖縄・那覇のマンションから飛び降り自殺。ドラフト会議で指名した高校生投手との交渉が難航し、心労がたまっていたという。

 ◆ヤクルト・高野光元投手 2000年11月5日、東京・目白の自宅マンションから飛び降り自殺。当時職がなく、仕事探しで悩んでいたとされる。

 ◆巨人・湯口敏彦投手 1973年3月24日、オープン戦期間中、入院していた東京・新宿の清和病院で心臓麻痺。ドラフト1位指名を受けながらも伸び悩み、自殺したともいわれている。



 小瀬の恩師でもある近大の榎本監督は、突然の死に驚きを隠せなかった。「年末からずっとうちのグラウンドに来て練習をやっていた。変わった様子はなく、むしろ今年はやりますよと意気込んでいた」と話した。

 榎本監督は小瀬の父親とも連絡を取ったが、父親も「何があったんでしょうね、監督。死ぬぐらいだったら相談してくれればいいのに」と原因が思い当たらない様子だったそうだ。

 恩師は「(小瀬は)昨年12月に結婚式を挙げたばかり。まじめで繊細な子ではあったが…」と沈痛な声で話した。



 【オリックス小瀬選手転落死】

 ▼ソフトバンク・大隣憲司投手(小瀬の近大時代の先輩)の話 受け入れがたいです。ショックを通り越しているというか…。自主トレ打ち上げの時に「対戦できるようにお互い頑張ろうな」と交わした言葉が最後になってしまった。

 ▼ソフトバンク・大石大二郎ヘッドコーチ(前オリックス監督)の話 非常に明るく、これからの活躍が楽しみな選手でした。本当に残念でなりません。ご冥福をお祈りします。

 ▼横浜・藤田一也内野手(小瀬の近大時代の先輩)の話 全然、信じられない。大学の同部屋(4年と1年)で、ずっとかわいがっていた。去年12月に一緒に自主トレをやった。結婚してこれからという時に。自分を前に出すタイプではないが、性格は明るかった。



 3年目で外野のレギュラーの一角を狙おうかという24歳の突然の悲報に、オリックスのキャンプ地の沖縄・宮古島に衝撃が走った。

 球団では村山良雄球団本部長が急きょ、宮古島に駆けつけて記者会見を開いた。自殺か事故か、遺書の有無など詳細は「警察で調査中」と言う理由で明かさなかったが「将来を有望視されていただけに大変に残念な事態」と沈痛な面持ちで語った。

 一方で死につながる予兆について、同本部長は「昨日まで元気に特打にもチャレンジしていた。そういうことは感じられなかった。練習への姿勢は普段と全然変わらない状況だった」と戸惑いを隠せなかった。

 岡田彰布監督は、小瀬外野手と関係が深かった北川博敏内野手ら一部選手とともに警察で事情を聴かれた。正右翼手にと期待していた岡田監督は「最初聞いた時はもう訳もわからんかった。何も浮かばへん」と言葉を失った。

 球団は緊急ミーティングを開き、選手は死亡の事実のみが伝えられた。今後のキャンプは予定通り消化していくという。

 ▼オリックス・村山良雄球団本部長の話 監督も選手もわれわれも、一緒にやってきた仲間を失ったことに対し、何を申し上げていいか分からない。頭の中は真っ白。残った選手で今季に向けて彼の分を含めてチャレンジしていきたい。

 ▼オリックス・岡田彰布監督の話 能力があるとかないとか関係なく、きのうまで一緒にやっていたわけだから…。選手には前向いていこうなんて、よう言わん。そんな簡単なことじゃない。(チームの動揺を考慮し)明日、あさっては練習をそんなにせんと思う。



 【オリックス小瀬選手転落死】

 ▼巨人・長野久義外野手の話 大学時代に日本代表として一緒にプレーして以来、連絡を取り合っていた。去年ドラフトで指名を受けた時にも「おめでとうございます」と連絡をもらっていたので亡くなったなんて信じられない。

 ▼巨人・高木康成投手(昨季までオリックスに在籍)の話 センスの塊のような男で、ことしはすごく期待されていたと思う。だから、亡くなったことは信じられないし、残念でならない。