10日夜出火したソウル市の「南大門」(崇礼門)は、木造二層構造の楼閣のうち、一階部分のごく一部を残して全焼、崩壊した。韓国大手朝刊各紙が一面トップで火災を伝えるなど、韓国社会は600年の歴史を持つ国宝第1号の焼失に強い衝撃を受けている。

 消防や警察、韓国メディアなどによれば、出火したのは10日午後9時前。消防車約40台などが出動した。一時は鎮火したかに見えたが、二階内部に残った火種が再び広がり、11日未明には崩落が始まった。朝鮮王朝時代の複雑な木造建築 で、放水が内部になかなか届かず、初期消火に失敗。途中から瓦や柱の解体も試みたが、間に合わなかったという。

 また、通信社の聯合ニュースは、文化財庁から「文化財を痛めないように、慎重に消火してほしい」という要請があったため、積極的な鎮火作業に踏み切れなかったとする、消防関係者の発言を紹介した。

 一方、韓国テレビ各社は未明まで、火災の模様を生中継で放送。「我々の自尊心が失われた」「どうして火災を防げなかったのか」などと嘆く現場の市民の声を伝えた。大手紙も「崇礼門が全焼崩壊」(東亜日報)、「国宝1号も守れない韓国」(中央日報)などと大々的に報じた。


 韓国の国宝第1号で代表的な名所として知られるソウル市の「南大門」(崇礼門)の楼閣部分で10日夜、火災が発生し、門全体が白煙に包まれた。韓国メディアによれば、火災原因は不明だが放火の可能性もある。

 通信社の聯合ニュースは、買い物袋を持った50代とみられる男性が南大門を上って行く様子を目撃したという運転手の話を伝えた。11日未明には、炎上した楼閣の2階部分が崩落を始めた。

 南大門は1398年、朝鮮王朝の城内への主要関門とされた東西南北の大門の一つとして創建された。周辺には南大門市場ができ、観光名所としてにぎわっている。


 韓国警察当局は11日午前、全焼したソウル市の「南大門」(崇礼門)について、放火と漏電などによる失火の両面から捜査していることを明らかにした。ソウル市の南大門警察署によれば、出火当時の目撃者が3人いるものの、供述内容に食い違いが出ている。韓国メディアは南大門に登っていく不審な男性を見たという目撃証言を伝えているが、周辺に設置された監視カメラ(CCTV)からは確認されていないという。通常、南大門公園管理事務所の職員が午前10時から午後8時まで周辺に勤務しているが、出火当時は退勤した後だった。

 また、文化財庁や韓国メディアによれば、韓国政府は、06年に調査した図面を基に、焼失を免れた木材を使って南大門を復元する方針を決めた。復元には少なくとも2年以上の期間が必要で、200億ウォン(約22億7000万円)程度の費用がかかるという。

 一方、李明博次期大統領は11日午前、火災現場を訪れた。関係者の説明を受けると、「象徴的な場所だけに、国民の心が痛むだろう」と語った。



  崇礼門は朝鮮時代である1398年に創建された。ソウルにある木造建築物の中で最古だ。 

  10日午後8時40分ごろ、崇礼門で放火とみられる火災が発生した。首都のど真ん中で起きたこの火災は11日夜遅くまで続いた。初期火災鎮圧に失敗したためだ。消防当局と文化財庁の安易な対応で、国宝1号が消えてしまったのだ。 

  一時火は消し止められたように見えた。しかし11日0時になるとさらに激しく炎上、一歩遅れて消防当局は屋根をはずして放水しようとしたが、炎が崇礼門全体を覆うと断念した。 

  出動した消防車50台余りと消防署員150人がはしごやホースなどを利用して水による鎮火作業を試みたが、火災発生4時間後に崩壊が始まった。 

  11日0時40分、樓閣2階と屋根が崩れ落ちた。時間が経過し、骨組みだけ残して形がわからなくなるほど崩壊が進んだ。消防関係者は「指針で文化財庁と協議の下、鎮火作業を行うことになっている。これにより文化財庁と協議を経た後で、ようやく屋根を取り除けることになったため、火を消し止められなかった」と話した。 

  個人タクシー運転手イ・サングォンさん(44)は「午後8時40分ごろ短髪にミリタリージャンパーと黒の登山用ズボンをはいた50代ほどの男が紙袋を持って崇礼門のそばの階段を登っていた」と話した。イさんは「1~2分後、崇礼門左側の1階樓閣と2階樓閣の間から赤い花火が上がった」とし「崇礼門に上がった男は火花が起こると階段を下り、南山の方に消えた」と付け加えた。警察は目撃者の陳述から放火である可能性が高いものとみて捜査を進めている。 

  ◇崇礼門(南大門)=1962年12月、国宝1号に指定された国内を代表する文化財だ。漢陽都城の8門のうち最も重要な正門であり、現存する国内城門建物としても最も規模が大きい。現在、ソウルに残っている木造建物のうちで最も古いものだ。朝鮮王朝が漢陽に遷都後、1395年(太祖4年)に建築を始め、1398年に完工された。2005年5月、崇礼門周辺に広場が造成され、2006年3月、虹霓門が一般に開放された。 



  目の前で国宝1号の崇礼門(スンレムン、南大門)が火災で崩れ落ちる姿を見る市民らは悲しみを隠すことができなかった。 

  現場で火災を見ていた市民ペク・テギョンさん(53、ソウル中区)は「大韓民国の国宝1号がこのように崩れるとは私まで崩れてしまいそうだ」と話した。「幼いころから崇礼門を見ながら暮らしてきたのに、もう見られないと思うと涙が出る。いったい管理をどのようにしてきたのか」と嘆いた。 

  崇礼門が燃え落ちる様子をテレビで見てかけつけたというユン・ジョンさん(28、ソウル竜山区)は「わずか数時間前にバスで通り過ぎたときには何でもなかった崇礼門が、崩壊してしまうとはとても信じられない」とし「夢ならいいのに」と話した。 

  京畿道平沢(キョンギド・ピョンテク)から家族と南大門市場へショッピングに来て火災現場を目撃したキム・スンスさん(34)は「普段はわからなかったが、こうして崩れ落ちてしまうとあらためて文化財の大切さを知る思いだ」とし「国を代表する文化財の崇礼門を必ず復元し、本来の姿を取り戻してほしい」と強調した。 

  インターネットでも崇礼門崩壊を惜しむネットユーザーの書き込みが続いた。特に崇礼門の屋根に火が上がり始めた深夜12時ごろから、ジョインスなどインターネット関連ニュースサイトには深夜にもかかわらずまたたく間に多くの書き込みが掲載された。 

  「数十台の消防車が出動し、簡単に消せたはずの火災が、時間が経つほど大きくなっていくのが理解できない」という反応を見せた。 

  ジョインスドットコム(www.joins.com)にアクセスしたあるネットユーザーは「消防車が動員され、鎮火に向かっていたところを安易に対処したために崇礼門が崩壊に至ったというのがまったく理解できない」と書いた。 

  消防署員らが初動対処を疎かにしたことに対する怒りと無念さを表した人も多かった。ある女性は「米国で9・11同時多発テロで崩れるのを知りながらも火に飛び込んだ消防署員らを忘れたか」とし、消防署員らの積極的鎮火姿勢に不満を示した。また「屋根の内側から火が出ているのに、外からばかり水をかけて消せるとでも思うのか」と批判もあった。



  10日夜から11日未明にかけて国宝第1号の崇礼門が火に包まれた。これとともに文化財管理の問題点を指摘する声が高まっている。 

  1907年、日帝は崇礼門と連なっていた城郭を壊し、周囲に道路を作って孤立させた。棄損の心配はほとんどなかった。また崇礼門の周辺は道路で囲まれているため一般市民が近づくのは容易ではなかった。2006年3月に100年ぶりに開放されたが、1階のみ開放を限定したため破損される確率は高くなかった。 

  これまでの事件としては91年8月、酒に酔った50代の男が盗んだ乗用車に乗り崇礼門の出入口に突進して門を破損するという事件があった。また、97年2月にもやはり泥酔した30代の男が日本人観光客とともに写真を撮影しようと統制区域の中へ侵入して逮捕される事件があっただけだ。 

  したがって今回の火災の責任は文化財庁をはじめとし中区庁、警察に集中している。焼けた崇礼門には1、2階に消火器8台しか配置されていなかった。そのほかに消防感知器などは設けられていなかった。 

  特に一般開放後、監視体系が粗末で誰でも崇礼門に侵入できるという点も事故の原因として指摘されている。開放時間の午前10時から午後8時以外の入場が摘発されても軽犯罪処罰法によって罰金2万ウォン(約2270円)が適用されるだけだ。 



  10日夜、ソウル中区南大門路にある崇礼門(スンレムン)で発生した火災について、ソウル消防本部と文化財庁は11日午前、火災現場でブリーフィングを開き「初期鎮圧に最善を尽くしたので鎮火上、失敗だと考えていない」と明らかにした。 

  チョン・ジョンギソウル消防本部長は「今回の火災は初期に鎮火できていればよかったが、崇礼門上層部の瓦の中に土があり、鎮火が難しかった」とし「初期に火災鎮圧できなかったのが何より残念」と話した。 

  チョン本部長は続いて「瓦の解体作業が遅れた上、冬で水が凍結していた」とし「また瓦に傾斜があり、初期鎮圧が困難だった」と付け加えた。

  文化財庁と消防防災庁間で衝突事項があったという疑惑には文化財庁のキム・サング建築課長は「そんなことはなかった。協議はしたが、装備がない上、人も不足し、素早く対応ができなかった」と説明した。 

  またキム課長は初期鎮圧装置が設置されていなかった理由を聞かれたことに対し、文化財棄損の問題が発生するためだと明らかにした。 

  「文化財内部にスプリンクラーのような消防施設を設置すれば文化財が壊れる可能性がある。崇礼門がソウル市内の中央にあり、1分以内で消防署出動が可能だから設置をしなかった」と話した。



 【ソウル=平野真一】10日夜に出火したソウル市中心部の観光名所、南大門(正式名称「崇礼門」)は約5時間後の11日未明、木造2階建て延べ約177平方メートルの楼閣が全焼、石組みの土台を残してほぼ全面的に崩壊した。

 朝鮮王朝時代の1398年に完成し、ソウルに現存する最古の木造建造物として国宝第1号に指定されていた南大門の焼失に、国民は強い衝撃を受けている。

 一方、警察当局は、出火直後に立ち入り禁止となっている楼閣から出てきた不審な人物が目撃されていることから、放火の疑いが強いと見て捜査している。

 火災は楼閣2階の瓦屋根の内側から発生したと推定されている。消防当局はポンプ車、はしご車など32台を出動させて消火に当たり、一時はほぼ鎮火したかに見えたが、屋根に残っていた火が楼閣に燃え広がり、門全体が炎と白煙に包まれた。11日午前1時過ぎ、屋根の一部が崩壊したのに続き、同2時前には楼閣の1、2階部分もほとんどが崩れ落ち、現場を遠巻きにしていた市民から悲鳴が上がった。

 聯合ニュースによれば、消防当局が国宝を管理する文化財庁から、全焼を防ぐために建物の一部を壊す許可を取るのに約45分かかったことも、初期消火が遅れる原因となった。

 2006年春に門の下の通路が一般に開放された後も、楼閣は立ち入り禁止となっていた。ただ、午後8時以降は無人警備システムがあるだけで、無断立ち入りをチェックする体制は取られていなかった。



 【ソウル11日共同】ソウル中心部に位置する韓国国宝の南大門(正式名・崇礼門)の火災は11日未明、出火から約5時間半で鎮火した。石造りの土台の上に立つ木造の楼閣の2階部分は完全に崩壊し、1階部分も激しく損壊、韓国メディアは「全焼」と伝えた。 

 初期消火に当たった消防隊員が楼閣2階の出火現場とみられる場所で使い捨てライター2個を目撃していることや、出火直前に不審な男を見たとの情報が3件寄せられていることなどから、警察は放火の可能性があるとみて捜査している。聯合ニュースは11日、警察当局が南大門への放火の疑いで、70歳の男の身柄を確保したと伝えた。

 警察と消防は合同で本格的な現場検証を実施、現場周辺に設置された監視カメラの映像の分析作業も進んでいる。

 政府は11日午前、韓悳洙首相の主宰で対策会議を開き、再発防止策などを論議。李明博次期大統領も現場を視察した。

 YTNテレビなどは、初期消火の失敗で被害が拡大したと指摘。文化財庁から慎重な消火作業を要請された消防当局が当初、徹底した放水や延焼防止措置を取らず、対応が後手に回ったと報じた。