セルビア・モンテネグロのモンテネグロ共和国議会は3日夜、独立を宣言した。

同共和国は5月21日の国民投票で独立賛成派が辛くも勝利し、セルビア共和国との国家連合を解消して独立することを決めた。モンテネグロは88年ぶりの独立を果たし、第2次大戦後に6つの共和国で構成した旧ユーゴスラビア連邦が完全に解体した。セルビア・モンテネグロの国際的な地位はセルビア共和国が継承する。モンテネグロは今後、外交、国防機能のセルビアからの分離を目指し、国連など国際機関への新規加盟を進める。

3日の共和国議会は独立に反対する野党連合の議員が出席をボイコットし、セルビア共和国のタディッチ大統領らが招待を断る中で独立宣言を採択。宣言は「市場経済に基づく多民族、多文化、多宗教を容認する社会」を国家像に掲げた。欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)加盟を戦略目標に挙げ、国連へも直ちに加盟申請する方針を示した。


 【プラハ3日共同】セルビア・モンテネグロのモンテネグロ共和国議会は3日夜(日本時間4日未明)、独立賛成派が勝利した住民投票の結果に基づいて独立を承認し、独立を宣言した。セルビア共和国との国家連合が解消されたことで、かつて6つの 共和国で構成した旧ユーゴスラビアが完全に解体した。 

 独立宣言は「多民族、多文化、多宗教」の共存する社会を掲げ、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)加盟を目指すなどとした。セルビアとの善隣関係樹立にも言及した。

  独立反対派の野党連合はボイコットし、招待されていたセルビア共和国のコシュトニツァ首相らは欠席した。  

 先月21日の住民投票では独立賛成派の得票率が55.5%に達し、欧州連合(EU)が仲介した独立条件の55%を約2000票の小差で上回り、勝利していた。 

 約130年前、トルコがロシアとの戦争(露土戦争)で敗れ、1878年のベルリン条約でモンテネグロ王国などの独立が承認された記念日の来月17日に大規模な式典が行われる。 


21日に国民投票で独立賛成が55%を超えて独立の条件を達成していたモンテネグロ共和国の議会は現地時間3日、国家連合を形成するセルビア・モンテネグロから離脱し独立することを宣言した。


CNNによると、独立宣言の様子はテレビで生中継され、町には独立を祝う市民の姿も見られた。


読売新聞によると、まず議会に先立ち、投票管理委員会のリプカ委員長が、先の国民投票における独立賛成票が55.5%であったこと、ゆえに独立賛成が確定されたことを認定した。議会ではランコ・クリボカピッチ議長が「モンテネグロ共和国は、独立国家である」と宣言文を読み上げた。


毎日新聞によると、独立宣言にはモンテネグロのジュカノヴィッチ首相などが参加したが、独立反対派の野党などは欠席した。朝日新聞によればセルビア共和国のボリス・タディッチ大統領がメッセージを送ったが、招待された同国のヴォイスラヴ・コシュトニツァ首相は欠席した。


ロイターによると欧州連合(EU)は、2国の分離は正しい結果であるが両国関係はあまり穏やかではないとして、モンテネグロ・セルビア両国への支援を申し出ている。


1878年のベルリン条約によってモンテネグロが独立した記念日である7月13日に、独立記念式典を行う予定である。


モンテネグロのセルビア・モンテネグロかからの独立をもって、旧ユーゴスラビアは完全に分裂した。モンテネグロは1918年以来88年ぶりに独立国家となる。