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2019年07月


昭和、平成を経て、令和を迎えた日本。時代の節目とともに歴史に関する記憶が薄れてしまい、先の戦争について「日本が愚かな戦いを行なった」という認識しか残らないとすれば、大きな不幸である。
三国同盟、日米開戦、ミッドウェー海戦、キスカ島撤退、終戦の聖断、占守島の戦い、東京裁判……いまこそ思い込みや通説の誤りを排して歴史を振り返り「太平洋戦争の新常識」を探るべく、豪華執筆者による論考を掲載した新書『太平洋戦争の新常識』が発売となった。本稿では同書よりその一部を抜粋し紹介する。

※本稿は、『太平洋戦争の新常識』(歴史街道編集部編、PHP新書)掲載、井上寿一《三国同盟は「ある時点」まで日米交渉を有利に導いた》より、一部を抜粋編集したものです。

幣原喜重郎は「軍部が悪い」と言わなかった

昭和20年(1945)10月9日に誕生した幣原喜重郎内閣の下で、戦争調査会という国家プロジェクトが11月にスタートした。

幣原は1920年代、外務大臣として英米との関係を重視する協調外交を推進したが、戦時中は要職から離れ、政治の表舞台から去っていた。

しかし、戦争末期から支持者たちと会い、戦後は首相を目指そうと考えて、戦争が終わった直後に、「首相になって、何をするのか」を文書にまとめている。

その中で最も字数を費やして書いたのは、「戦争はなぜ起きたのかを検証したい」ということだった。つまり、幣原の政治的個性とイニシアチブによって、戦争調査会は立ち上げられたのである。

ただし、幣原の目指す「戦争の検証」は、個別具体的な戦争犯罪人を摘発するのが目的ではなかった。彼が繰り返し口にしたのは、「戦争調査会は、裁判をするのではない」ということだった。

戦争調査会の最高意思決定機関と位置づけられた総会の第一回目は、昭和21年(1946)3月27日に開かれ、そこで幣原は3つの基本方針を示している。

一、戦争調査会は「永続的性質」を帯びている。
二、戦争犯罪者の調査は「別に司法機関とか或いは行政機関」が担当すべきである。
三、歴史の教訓を後世に遺し、戦後日本は「平和的なる、幸福なる文化の高い新日本の建設」に邁進すべきである。

そして、第一回と第二回の総会を通して、「戦争原因の追究を目指す」「戦後の平和国家の建設に役立つものとする」「多種多様な手法を採用する」との三つの方向性を、幣原は明らかにした。

幣原というと、今でも軍部の犠牲者のイメージが強い。幣原は軍部から「軟弱外交」と批判され、また協調外交も満洲事変によって幕を閉じている。

それだけに、幣原が「悪いのは軍部だ」と言ってもおかしくはないのだが、4月4日に開かれた第二回総会で、次のように「自分たちも責任があった」といった趣旨の発言をしている。

協調外交が推進された1920年代は、「平和とデモクラシーの時代」で、軍縮が進められた。その中で「軍人を蔑視し、軍隊なんか要らないとの風潮」が強まり、それが軍部の不穏な情勢を生んだ。その反感が蓄積され、満洲事変を引き起こした。だから、政権に携わる当事者だった自分たちにも責任がある……。

あらゆる立場の人が、様々な意味で、戦争とは無関係ではなかった。誰が良い悪いではなく、戦争の原因をはっきりさせたい。幣原はそこに目を向けていたのだと、私は考えている。

南部仏印進駐をめぐる日米のギャップ

太平洋戦争というと、「満洲事変から日米開戦まで一直線に進んでいった」とイメージする方も多いだろう。

既に終わったことを後の時代から考えると、どうしてもひとつながりに見えてしまうものだが、政治・外交における実際の過程は、紆余曲折を経ていた。

戦争調査会は、当事者が戦争の原因を追究したこともあって、「満洲事変が起きたから、日米戦争は避けがたくなった」と考えてはいない。

「満洲事変、日中戦争、日米戦争には区切りがあり、それぞれの段階で戦争を回避する方法があった。しかし、それは実現しなかった。なぜ、実現しなかったのか」といった形で議論を進めている。

つまり、日米開戦に至る間にいくつもの「分岐点」があり、各局面における「分岐点」を検証しているところが、戦争調査会の一つの特徴なのである。

そうした戦争調査会の中で、私が新鮮だと感じたのは、昭和16年(1941)6月の南部仏印進駐に関する議論だ。

調査会の中で、昭和15年(1940)から陸軍省整備局戦備課長をしていた岡田菊三郎は、「アメリカの態度を硬くし、戦争が避けがたくなってきたと思わせたという点では、南部仏印進駐が非常に重大な転換点だった」と指摘している。

なぜ、アメリカが態度を硬化させたのか。南部仏印に日本軍の基地ができると、アメリカ領だったフィリピン、イギリス領だったシンガポールに、日本の爆撃機や戦闘機が直接、行けるようになり、それを脅威に感じたのだというのが、岡田の見解だ。

では、なぜ、日本はそんなことをしてしまったのか。これについては、当時の首相だった近衛文麿が遺書の中で書いている。

それによると、昭和16年6月22日に独ソ戦が始まり、当初はドイツの調子がいいように見えたので、「ここでソ連を叩くべきだ」と陸軍が主張していた。近衛はその陸軍をソ連と戦わせないために、南方に目を向けさせる目的で仏印進駐を決めたのだという。

仏印進駐の是非をめぐり、戦争調査会で議論になっていたように、南部仏印進駐を行なった日本側の意図と、米側の受け止め方のギャップが、日米開戦を不可避にしたという視点は、今日の研究状況からしても、新しいと思わせるところがある。

駐米大使・野村吉三郎の証言

もう一つ、新鮮に感じたことを挙げると、日米交渉に対する見方だ。

日米開戦に至った経緯については長らく、「松岡洋右外相の日独伊三国同盟路線がなければ良かった」と指摘されてきた。

昭和16年の段階では、戦争を回避する二つの方向があった。一つは野村吉三郎駐米大使のワシントンにおける日米交渉、もう一つは松岡洋右外相の独自路線である。

松岡は「三国同盟+日ソ中立条約」によって立場を強化した日本ならば、アメリカと一対一で交渉して戦争回避ができるだろうと考えていた。しかし結局、松岡の路線はうまくいかず、開戦へと至った。

これを踏まえて、「野村駐米大使の日米交渉路線をメインにしていれば、日米戦争は避けられた。松岡の三国同盟路線がなければ良かった」と言われてきたわけだ。

ところが戦争調査会において、野村自身が「三国同盟があったことによって、日米交渉は途中までうまくいった」と語っている。

野村によると、三国同盟の圧力を背景にしてアメリカ側に強く出ることができて、アメリカ側も譲歩の姿勢をみせた。ところが、独ソ戦でドイツが劣勢になり始める。すると今度はアメリカが強く出るようになり、日米交渉が挫折したという。

「三国同盟はある時期まで、日米交渉を進める有利な材料だった」というのは、当時の状況を知るうえで、貴重な証言と言える。

現在の研究では、米国務長官ハルによる文書、ハル・ノートに記された「中国大陸からの日本軍撤兵」との条件には、満洲国を含まない可能性があったと考えられており、日米戦争はギリギリまで回避可能だったという見方がある。

しかし、野村の証言を踏まえると、日本は「アメリカ側が外交ポジションを強くしている」と認識していたことがわかる。つまり、アメリカは、「劣勢に陥っているドイツと同盟を組んだ日本は怖くない。日本が大きく譲歩しなければ、妥協する必要はない」と見ているだろうと。

当時の政策決定者がこのように受け止めていれば、日米の合意点は、容易には見出だせなかったに違いない。

後世の我々は、論理的には「ハル・ノートが出ても、最後まで戦争回避の可能性は残っていた」と言うことができる。

しかし、実際の外交交渉を考えた場合、「野村駐米大使の日米交渉が挫折した段階で、戦争は不可避になった」という戦争調査会の議論は、説得力がある。

【ソウル聯合ニュース】韓国人気ガールズグループ、BLACKPINKブラックピンク)のヒット曲「DDU―DU DDU―DU」のミュージックビデオ(MV)が、30日に動画投稿サイト「ユーチューブ」でK―POPグループとして初めて再生回数9億回を突破した。所属事務所が31日、伝えた。

 昨年6月15日に公開された同曲のMVは、K―POPグループとして最速で再生回数2億回を超えて以降、最速での再生回数記録を更新し続け、昨年末にはユーチューブが選ぶ「2018年に世界で最も多く見られたK―POP公式ミュージックビデオ」の1位に輝いた。

 これまでにメンバーのジェニーの初ソロ曲「SOLO」を含む8本のMVやヒット曲の振り付け映像など、計16本の映像が再生回数1億回を超えている。

 BLACKPINKの公式ユーチューブチャンネルの登録者数は約2873万人に上る。

 4人組バンド・Official髭男dismの「Pretender」が、週間再生数348.7万回を記録し、7/29付オリコン週間ストリーミングランキングで6/3付から10週連続1位となった。あいみょん「マリーゴールド」が3/18付で記録したのに続き、今年度からスタートした同ランキング2作目の記録となった。

【写真】5000人が集まったOfficial髭男dismお台場フリーライブの模様

 また、「ノーダウト」が週間再生数145.6万回で5位に、最新配信曲「宿命」が週間再生数145.6万回で6位にランクインし、7/22付から3週連続3作同時TOP10入りとなった。

 なお、10月9日にニューアルバム『Traveler』をリリースし、10月26日から自身最大規模となる全国24ヶ所29公演のホールツアーをスタート。さらに、最新曲「イエスタデイ」が9月20日から公開されるアニメーション映画『HELLO WORLD』の主題歌に決定したことが発表されている。

「彼女の登場でJ-POP界は世界を変えたように活気づいた」――ライブ「Ken's Bar」20周年記念のスペシャルゲストとしてあいみょんをステージに呼び込んだ平井堅は、時代のポップアイコンとなった彼女が音楽シーンに与えたインパクトを的確に表現した。2018年夏のアンセム「マリーゴールド」で、一躍音楽シーンの最前線に踊り出てから今日まで、その存在感は日増しに大きくなっている。

【動画】不気味でクセになる!?「真夏の夜の匂いがする」MV

■10代・20代にとっての魅力は圧倒的な「歌の上手さ」

 ストリーミング発のヒットアーティスト第1号となったあいみょん。18年12月にスタートしたオリコン「週間デジタルストリーミングランキング」の第1回目のランキング(18.12/24付)では、「今夜このまま」「マリーゴールド」が1,2フィニッシュを飾り、TOP10内に計4作が同時ランクイン。大晦日のNHK『紅白歌合戦』出場によって認知はさらに高まり、19年に入ってもストリーミングランキングの上位を常時独占するという状態が続くなか、2月13日には待望の2ndアルバム『瞬間的シックスセンス』をリリース。週間ストリーミングランキングTOP100内のランクイン楽曲数に新たにアルバム収録曲も加わり、勢いが増したばかりではなく、CDでも累積14.7万枚という実績を上げ、デジタルだけでなくパッケージにおいてもプレゼンスを発揮した。

 なぜこれほどまでに支持を得ているのか。その魅力を探るべく、今年3月に行った10代~40代に対する調査によると、あいみょんの好感者478人のうち約6割を占める10代・20代は、日常での音楽との接触時間が長く、好みに合う音楽との出合いを求める欲求の高い層であることがわかった。この層があいみょんの魅力の第一に挙げたのは、圧倒的な「歌の上手さ」で、次いで「歌詞」「声質」「メロディー」の順に続いた。

「パワフルでありつつも繊細でどこか儚げな歌い方でとても心に響く」(10代女性/滋賀)、「女の人にしては珍しい低めで強気な声が好き。歌唱力も相まって引き込まれる」(10代女性/東京)、「純粋に歌がすごく上手い。聴きやすい高音でテンションが上がる」(20代男性/山形)、「伸びのある声で存在感があり、アコースティックギターによく合う声をしていてどこか懐かしい感じがする」(10代女性/神奈川)と、歌唱力の高さを挙げたコメントには、低音から高音までのびやかに響かせる声質にも触れたものが多数見受けられた。30代・40代においても、魅力の筆頭に「歌の上手さ」を挙げている点は変わらないが、10代・20代ほど、彼女の声質に「かっこよさ」や「色気」を感じており、憧れ、癒されているようだ。

■若い世代の心のひだを刺激する、思いの代弁者たる所以

 また、「歌詞」へのコミットメントが高いのも10代・20代の特徴であるが、とくに10代の割合が高く、20代の約1.5倍の29.4%と大きく上回っている。

「マリーゴールドのサビ。抽象的な比喩だが、思い浮かべることで意味がわかる」(10代女性/静岡)、「歌詞のワードセレクトが上手いので面白い」(10代男性/福岡)、「独特の表現ながらも共感できる、言葉にできない言葉を具体化してくれているような歌詞に惹かれる」(10代女性/北海道)、「聴き手の想像力を掻き立てるところ」(10代男性/石川)

 30代・40代の「歌詞」の割合が10%台であることを考えると、あいみょんの紡ぐ歌世界が、いかに10代の好感者の記憶と深いところで結びつき、鮮烈なイメージを立ちのぼらせているかが、上記コメントからもうかがえる。若い世代の心のひだを刺激する、思いの代弁者たる所以はここにあると言えるだろう。

■好きになった時期によって異なる、あいみょんに対するイメージ

 好感者のうち約6割弱は「マリーゴールド」発売以降に「好きになった」層であったが、ブレイク前からの好感者も4割強存在していた。ユニークなのは、好きになった時期によって、あいみょんに対するイメージが異なっている点である。例えば、初期から16年あたりまででファンになった層は、「洗練された」「夢がある」「セクシー」といったイメージを持っているが、17年あたりにファンになった層は「かっこいい」「刺激的」「新鮮な」といったエッジの利いたイメージに変化している。

 ところが、18年にファンになった層は、「チャレンジング」「かわいい」「はつらつとした」「飾らない」など、ナチュラルで活動的なものへと変わっており、好感を持った時期によって、まるで異なる人物ではないかと思われるほどにイメージが変化している。自身の心情を歌に込めるのではなく、「作品」として曲を書くことを基本スタンスとしている彼女は、アーティストイメージの固定化を嫌い、変幻自在にイメージを変え続けている。このバリエーションの豊富さは、表現者としての懐の深さに由来するものであり、彼女のポテンシャルの高さを示す要素の1つと言えるだろう。

 アニメ映画『クレヨンしんちゃん』の主題歌となった「ハルノヒ」を、主人公の父親の目線で描いて物語に新たな彩を与え、ファミリー層の支持も得たあいみょん。新作は、現在放映中のTBS系火曜ドラマ『Heaven?~極楽レストラン~』の主題歌として書き下ろした「真夏の夜の匂いがする」。我々の期待と予想をいい意味で裏切る、なんともクセになる楽曲に仕上がっており、フレンチレストランを舞台に、風変わりなオーナー(石原さとみ)と個性的な従業員が織り成す物語のスパイスとして、旨味を引き出している。この先の展開が妙に気になってくる歌詞…、このワクワク感こそが、彼女が音楽シーンにもたらした、最大の福音なのかもしれない。

(文・カツラギヒロコ)


調査対象者:全国男女、10~40代
サンプル数:あいみょん視聴者:800サンプル
調査期間:2019.2.28(木)~3.8(金)
調査手法:インターネット調査
調査期間:オリコン・モニターリサーチ

 自民党は9議席減で単独過半数を失い、17議席を獲得した立憲民主党も事前に予想されたほど伸びなかった。国民民主党や共産党も議席を減らし、勝者なき参院選だったと言える。

 野党が失速するなか、躍進したのが山本太郎代表率いる「れいわ新選組」だ。比例区で約228万票(得票率4.55%)を集め、2議席を獲得。4月の旗揚げから3カ月余りで迎えた参院選で、法律上の政党要件を満たした。れいわが支持を集めた理由を、政治学者で法政大学教授の山口二郎氏はこう分析する。

「山本さんは消費増税反対ではなく、もう一歩踏み込んで『消費税廃止』を公約にした。その徹底した主張が受けたのでしょう。既成の政党が非正規労働者など困っている人たちの声を代表しきれていないという不満が鬱積しています。れいわの躍進は欧米で台頭している左派ポピュリズムの日本版とも言える現象だと思います」

 山本氏は比例で約99万票の個人票を得ながら議席を失ったが、優先的に当選させる「特定枠」に登録した2人を国会に送り込んだ。当選した舩後靖彦氏と木村英子氏は、身体に重い障がいを抱える。障がい者が国会議員になることの意義について、政治ジャーナリストの角谷浩一氏はこう語る。

「健常者の視点しか持たなかった国会の設営が、改革を迫られます。すごく意義深いと思います」

 一方、「NHKをぶっ壊す」と連呼し、約99万票を得た「NHKから国民を守る党(N国)」も政党要件を確保。代表の立花孝志氏が当選した。

「憲法改正問題で取り込みたい自民党が早速、N国に秋波を送っています。やはり、1人でも当選すると無視できない存在になり、道がいろいろと開けるということです」(角谷氏)

 れいわの山本氏の比例転出で、苦戦予想を覆したのが東京選挙区で当選した音喜多駿氏(日本維新の会)だ。今回、比例で当選した維新の柳ケ瀬裕文氏から選挙カーの上で「逃亡するんじゃないかと思った」とからかわれると、音喜多氏は「そう言われていましたが、ちゃんと戦いの舞台に出てきました」と切り返した。ブロガーのはあちゅうらの応援ツイートも功を奏したか。

「庶民が発するSOSを受け止めた人や、一つのテーマを持って有権者に訴えかけた人たちが当選しています。国民はきちんと見ています」(角谷氏)

(本誌・亀井洋志)

※週刊朝日  2019年8月9日号

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