JWSSNニュース(^з^)-☆

こちらはJWSSNニュースです。 情報提供お待ちしています。 我々JWSSNニュースは日本国内で起きたニュースはもちろん、世界で起きたニュースや小さいニュースなど180度様々な視点からお伝えします。 どうぞ、これからもJWSSNニュースを末永くよろしくお願いします。 ちなみに、JWSSNはジャワスンと読みます。 また、当ニュースの編集長は19歳の現役大学生ですのであしからず。

2014年02月

 冬季スポーツの祭典『ソチ五輪』が閉幕を迎えた。自国開催となった長野五輪(1998年)でのメダル10個に次ぐ、8個(金1、銀4、銅3)のメダル獲得数を記録するなど、日本人選手の活躍は多くの人々の目を釘付けにしたが、その興奮と感動冷めやらぬなか、オリコンではソチ五輪に関する『日本人選手による名場面』についてランキング調査を実施。その結果1位には【フィギュアスケート男子シングル、羽生結弦が男子フィギュア日本人初の金メダル獲得!】が選ばれた。

【一覧表】ソチ五輪 名場面&MVP選手ランキング TOP10

■“笑顔”の羽生、“感涙”の浅田に日本中が興奮!

 今大会で日本選手団唯一の金メダルをもたらした【羽生結弦】選手が、「名場面ランキング」でも“金メダル”を獲得。その華麗かつ妖艶な演技に加え、さわやかな笑顔の奥底に秘められた精神面の強さに対する評価も高く、東日本大震災で被災した苦難を乗り越えての偉業には「頑張っている姿が日本の復興と重なった」(愛媛県/10代/女性)という声も。また、世界歴代最高得点をマークしたショートプログラムでの圧巻の演技には、同性からも「完璧で鳥肌が立った」(群馬県/20代/男性)、「優雅に踊る姿にみとれてしまった」(熊本県/30代/男性)といった声が多数寄せられた。

 続く2位には【フィギュアスケート女子シングル、浅田真央はメダルならずも、自己最高得点のスケーティングに感涙】がランクインした。誰もがその目を疑ったショートプログラムでの不調から、フリープログラムでは自己ベストを更新する会心の演技を披露したことへの賞賛。「自然と涙が溢れてくる演技でした。スポーツを見て泣いたのは初めてです」(岩手県/30代/女性)、「メダルよりも大切なものを与えてくれた気がする」(佐賀県/10代/男性)……。【浅田真央】選手が“集大成”の舞台で見せつけたドラマチックな復活劇は、メダル獲得にも匹敵する感動を刻み込んでいる。

■ベテラン&気鋭アスリートたちが新たな名場面を生む

 3位となったのは【スキージャンプ男子ラージヒル、41歳の葛西紀明が銀メダル獲得!冬季五輪日本人最年長メダリストに】。今大会では日本選手団主将の大役も担い、自身7度目の出場にして個人では初の五輪メダルを手中に収めた“レジェンド”【葛西紀明】選手には、年齢を問わずに「7回出場だけでもすごいが、メダルを取りさらに次回は金を目指すという姿勢がすばらしい」(愛知県/40代/男性)、「この年になってメダルを取れることがすごいと思ったし、努力や精神力・向上心を見習いたいと思った」(埼玉県/10代/女性)というコメントが届いた。

 4位には【男子スノーボード・ハーフパイプ、15歳平野歩夢が銀、18歳平岡卓が銅!平野は日本人最年少メダリストに】が選ばれており、世界を驚嘆させたダイナミックな演技で“ダブル表彰台”を成し遂げた若武者2人には「自分も何か頑張ろうと勇気づけられた」(神奈川県/10代/女性)という同世代の声が目立った。

 5位には【ノルディックスキー・ジャンプ男子団体ラージヒル、銅メダル獲得(清水礼留飛、竹内択、伊東大貴、葛西紀明)。日本のジャンプ団体のメダルは1998年長野五輪の金以来16年ぶり】がランクイン。【伊東大貴】選手はヒザに爆弾を抱え、【竹内択】選手は難病罹患の可能性が高い状況にあること(メダル獲得後に公表)など、決して万全とは言えなかったチーム状態での快挙は、まさに団結力の賜物で「4人のチームワークの勝利に感動した」(広島県/50代/女性)と見る者の心を揺さぶったようだ。

■大会MVPは葛西選手~“レジェンド”早くも流行語候補か!?

 また同調査とあわせて実施した『あなたが“MVP”を贈りたい日本人選手』ではスキージャンプ男子で団体含めて2個(銀1、銅1)のメダルを獲得した葛西選手が1位に。今大会での存在感と実績は特に男性層から高く支持されており、「40歳を過ぎても活躍できることを証明してくれた。“レジェンド”は流行語になるかも」(東京都/50代/男性)と気の早いコメントも飛び出すほどだった。なお2位以下には『~名場面ランキング』にも登場した浅田選手(2位)、羽生選手(3位)、【平野歩夢】選手(5位)がそれぞれランクイン。4位には、今大会4位で悲願のメダル獲得にはあと一歩届かずとも、冬季五輪での日本選手連続入賞記録を5大会連続に更新した、フリースタイルスキー・モーグル女子の【上村愛子】選手が選ばれている。

 さまざまな名場面を提供してくれたソチ五輪の舞台。羽生選手をはじめ、メダルを獲得した日本人選手たちの歓喜の表情を目にした際の感動はもちろんだが、惜しくもメダルを手にすることができなかった選手たちの「全力を出し切った」という“達成感”や「もっと強くなりたい」という悔しさからこぼれる“涙”も印象的だった。ちなみに「今回のソチ五輪をひと言で表すと何という言葉がふさわしいと思いますか」という設問に対する回答で最も多かったキーワードは『感動』だった。4年後の韓国・平昌五輪ではどのような感動の名場面が生み出されるのか。新たなドラマはすでに動き始めている。

【調査概要】
調査時期:2014年2月24日(月)~2月26日(水)
調査対象:合計1000名(自社アンケート・パネル【オリコン・モニターリサーチ】会員10代、20代、30代、40代、50代の男女)
調査地域:全国
調査方法:インターネット調査続きを読む

 「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」など多くを作詞した、戦後を代表する童謡詩人まど・みちお(本名石田道雄=いしだ・みちお)さんが28日午前9時9分、老衰のため東京都稲城市の病院で死去した。104歳。山口県出身。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は長男石田京(いしだ・たかし)さん。

 100歳を前にした2009年、高齢を理由に入院。昨年夏は自著にサインをするなど元気な様子だったが、秋ごろから体調が悪化していた。

 小学校時代に台湾に渡り、台北工業学校卒業後、台湾総督府に勤務していた1934年、児童雑誌「コドモノクニ」に詩を投稿。この作品が詩人・歌人の北原白秋の選で特選になったのをきっかけに童謡の作詞を始めた。

 36年、童謡「ふたあつ」が発売され注目されるように。52年にNHKラジオで放送された「ぞうさん」のほか「やぎさんゆうびん」「ドロップスのうた」「一ねんせいになったら」などを次々発表。子どもから大人まで広く愛唱され、戦後を代表する童謡詩人となった。ユーモアにあふれ、人間や自然に対して肯定的に生きる喜びを歌った作品は千編を超える。

 皇后さまが英訳した詩集などが評価され、94年に国際アンデルセン賞作家賞を日本人で初めて受賞した。

 68年野間児童文芸賞、81年巌谷小波文芸賞。94年には「まど・みちお全詩集」で路傍の石文学賞特別賞を受賞。

 晩年も創作意欲は衰えず、09年には100歳の誕生日を機に新作詩集を2冊刊行して話題になった。著書に「まど・みちお全詩集」など。



 童謡「ぞうさん」や「やぎさん ゆうびん」などで知られ、やさしく深い言葉で命の貴さをうたいあげた詩人のまど・みちお(本名石田道雄〈いしだ・みちお〉)さんが、2月28日午前9時9分、老衰で亡くなった。104歳だった。葬儀は近親者で営む。喪主は長男石田京(たかし)さん。

【写真】100歳の誕生日を前にした詩人のまど・みちおさん=2009年11月7日、東京都内

 1909年、山口県周南市生まれ。19年から日本統治下の台湾で暮らし、29年に台北工業学校を卒業して台湾総督府に勤めた。34年、雑誌「コドモノクニ」に投稿した詩が北原白秋の選で特選に入り、以後、詩や童謡の創作に打ちこむ。43年には戦地に召集され、東南アジアの島々に送られた。

 46年復員。49年から雑誌「チャイルドブック」の編集に携わり、59年から創作に専念。68年、詩集「てんぷらぴりぴり」で野間児童文芸賞。76年、「植物のうた」で日本児童文学者協会賞、81年、巌谷小波文芸賞。

 故團伊玖磨(だんいくま)さんが曲をつけた「ぞうさん」や「やぎさん ゆうびん」をはじめ、「一ねんせいになったら」「ふしぎな ポケット」などユーモアあふれる童謡詩は歌い継がれ、子どもたちに愛されてきた。ぼくも、ゾウも、マメも、かけがえのない存在としてここにいる、とうたった「ぼくが ここに」や「ぞうさん」などの作品を通して、「自分が自分であることのすばらしさ」を伝え続けた。




 童謡「ぞうさん」「一ねんせいになったら」の作詞で知られる詩人、まど・みちお(本名・石田道雄=いしだ・みちお)さんが28日、老衰のため死去した。104歳だった。葬儀は近親者で営む。自宅は川崎市麻生区金程2の6の11。喪主は長男石田京(たかし)さん。

【まどさん死去】100歳超えても創作

 山口県徳山町(現周南市)出身。25歳で幼年雑誌「コドモノクニ」に投稿した童謡2編が選者の北原白秋に認められ、詩や童謡の世界にデビュー。34歳で召集され、シンガポールで終戦を迎えた。戦後は雑誌「チャイルドブック」などの編集をしながら「やぎさんゆうびん」「ふしぎなポケット」「一ねんせいになったら」など童謡の歌詞を手がけた。「ぞうさん」(団伊玖磨作曲)は1952年NHKラジオで放送され、国民的な愛唱歌となった。

 50代から詩を中心に制作し、「てんぷらぴりぴり」(野間児童文芸賞)をはじめ多数の詩集を発表。皇后さまが詩を英訳した絵本「どうぶつたち(THE ANIMALS)」が92年、日米同時出版された。94年には「児童文学のノーベル賞」といわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞した。【山崎明子】




 「ぞうさん/ぞうさん/おはなが ながいのね」。28日、104歳で亡くなった詩人、まど・みちおさんの代表作の一つ「ぞうさん」(作曲・団伊玖磨)は、1952年にNHKラジオで初放送され、瞬く間に国民的愛唱歌となった。

【訃報】まど・みちおさん104歳=詩人「ぞうさん」

 この歌詞の意図についてまどさんは後年、詩人で小説家の阪田寛夫氏(故人)の問いに答えて、「ぞうに生まれてうれしいぞうの歌」と説明した(「まどさんのうた」阪田氏著、童話屋)。鼻が長いねと悪口を言われた時に、一番好きな母さんも長いのよと、誇りを持って返したというのだ。

 人も動物も地球上のすべての存在がそれぞれに尊く、あるがままの姿が大切なのだ、という思いを強く抱いていたまどさん。子供たちにも分かる易しい言葉で命を輝かせる作品を多く手がけた。

 創作意欲も旺盛で、100歳を超えても入院生活の中で絵を描いたり詩の創作に取り組んだりした。

 9歳で台湾に渡り、土木技師として台湾総督府に勤務。太平洋戦争中は南方を転戦。その間、戦争協力詩2編を制作していたことが後に研究者によって明らかになり、まどさんは痛惜の念を隠さなかった。

 92年に出版した「まど・みちお全詩集」には該当の2編を収録したうえで、「あとがきにかえて」として「昔のあのころの読者であった子供たちにお詫(わ)びを言おうにも、もう五十年も経(た)っています。懺悔(ざんげ)も謝罪も何もかも、あまりにも手遅れです。(略)私のインチキぶりを世にさらすことで、私を恕(ゆる)して頂こうと考えました」と記し、話題となった。

 まどさんは近年、アルツハイマー病などで東京都内の病院で入院生活を送っていた。一昨年ごろから手が動かしづらくなったが、看護師に頼んで日々の新発見を日記に書きとめていた。【山崎明子、内田久光】



 童謡「ぞうさん」「一ねんせいになったら」などの作詞で知られる詩人で童話作家のまど・みちお(本名・石田道雄=いしだ・みちお)氏が28日午前9時9分、老衰のため死去した。104歳。山口県出身。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は長男、石田京(いしだ・たかし)氏。

 台湾総督府道路港湾課などに勤務しながら詩作。児童雑誌「コドモノクニ」に投稿した詩が特選になり童謡の作詞を始めた。応召、復員後、昭和34年まで保育雑誌の編集に従事。ユーモアあふれる作品は広く親しまれ、戦後を代表する童謡詩人となった。

 59歳で出した詩集「てんぷらぴりぴり」(43年)で野間児童文芸賞を受賞。誰にでも分かる言葉で書かれていながら、生命や宇宙の根源への畏敬、あこがれなどに支えられた作品を次々と発表した。ほかの詩集に「やぎさんゆうびん」「植物のうた」「風景詩集」など。

 平成5年、「まど・みちお全詩集」で芸術選奨文部大臣賞、産経児童出版文化賞大賞を受賞。6年には、皇后さまが英訳された詩集などが評価され、「児童文学のノーベル賞」といわれる国際アンデルセン賞作家賞を受けた。20年には100歳の誕生日を機に新作詩集を2冊刊行し、話題になった。



 「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」など数多くの童謡を作詞した詩人のまど・みちお(本名・石田道雄=いしだ・みちお)さんが28日午前、老衰のため東京都稲城市の病院で死去した。104歳。山口県出身。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は長男、石田京(いしだ・たかし)さん。

 台湾総督府勤務時代の昭和9年、児童雑誌「コドモノクニ」に投稿した詩が入選したのをきっかけに、童謡の作詞を始めた。「ふたあつ」「ドロップスのうた」「一ねんせいになったら」などを次々発表。ユーモアにあふれ、生きる喜びを歌った作品は子供から大人まで広く親しまれた。

 皇后さまが英訳された詩集「どうぶつたち」などが評価され、平成6年には国際アンデルセン賞作家賞を受賞した。昭和43年、野間児童文芸賞、昭和51年、産経児童出版文化賞受賞。

 晩年も創作意欲は衰えず、平成21年には100歳の誕生日を機に新作詩集を2冊刊行して話題になった。

 著書に「まど・みちお全詩集」など。



 親しみやすく、思わず口ずさんでしまうような作品を多く残した詩人、まど・みちおさん。平成21年には高齢を理由に入院したものの、100歳を記念した詩集を出版。戦後を代表する童謡詩人は、生涯にわたって人間や自然に温かな目を向け続けた。

 童謡「一ねんせいになったら」(昭和40年)は、ファンの子供3人が自宅を訪ねてきたことがきっかけで生まれた。3人の中に、何も話さずじっとしている子供を元気づけようと書き上げたという。温かいまなざしは人や動物ばかりでなく、黙して語らないはずの物にも向けられ、柿を描いた「じゅくし」や「けしゴム」などが生まれた。一方、自身に対しては戦時中に「戦争協力詩」を書いたことを責める厳しさも持っていた。

 東京都内の入院先の病室では日記帳やスケッチブックに描いた抽象画などに囲まれ、100歳を超えても現役詩人。「私は縮んで、縮んで、縮んで、このまま消えてなくなるんじゃないかと思うほど」などと自身の現状を、まるで作品のような言葉で表現していた。昨年夏は自著にサインをするなど元気な様子だったが、秋頃から体調が悪化していた。



 童謡「ぞうさん」「一ねんせいになったら」などで知られ、28日に104歳で亡くなった詩人、まど・みちおさんは山口県徳山町(現周南市)で生まれた。地元の関係者は、世代を超えて愛される作品への感謝の思いを強くしていた。

【命の輝き、子供へ…】まどさん、100歳超えても創作

 母校・周南市立徳山小学校2階フロアには、まどさん直筆の「ぞうさん」の歌詞を飾るコーナーがある。直筆歌詞は、まどさんが来校して児童に講演した1986年に贈られた。2011年に寄せられた色紙には「ありがとうございます みなさんはわたしの母校で かがやくばかりです」と愛くるしい文字が続く。児童はここで詩集を読むという。桑原一郎校長は「まどさんの詩は友達や植物、動物、宇宙とみんなつながっていると教えてくれる。その思いやりの心は子供たちに脈々と引き継がれている」と話した。

 まどさんの創作の源は、9歳で台湾に渡るまで過ごした徳山時代にあるとされる。徳山女性団体連絡協議会の澤田小惠子(さえこ)さん(81)=周南市鐘楼町=は05年5月、まどさんの自宅がある川崎市内で話を聴き、約1時間ビデオ撮影した。当時95歳。終始笑顔で、小魚を捕るために冬も川に飛び込み、海岸で小石や貝殻を見つけたことを語った。「懐かしいね」と繰り返すまどさんに、澤田さんは感受性の豊かな幼少時代の思い出が、作品に大きな影響を与えたと痛感した。

 「ぞうさん」の石碑のある周南市徳山動物園は午後2時、正面入り口とゾウ舎前に献花台を設置した。山口県光市室積の主婦、横田美帆さん(30)は「子供たちが大好きな歌。よく一緒に歌っています」と2歳の長男と一緒に遺影に手を合わせた。【井上秀人、大山典男、蒲原明佳】



 「蚊の涙を研究したら人間の知らないものが入っているかもわからん。こんなばかなことも考えるんです」

【命の輝き、子供へ 100歳超えても創作】

 2009年11月、100歳の誕生日前に会ったまど・みちおさんの言葉は子供のような好奇心で満ちていた。

 まどさんのまなざしは山口県徳山町(現周南市)で過ごした9歳までに養われ、創作の原点になったとされる。台湾に渡った両親と兄妹から1人残され、祖父母と過ごした幼少の頃。身近な虫や草木と触れ合う中で、この世の全てのものを同じ宇宙の存在と感じ取る世界観が芽生えた。

 100歳記念のインタビュー取材で書いてもらった色紙には自らを「うちゅうじん」と記した。「尺取り虫のような虫はあれで地球を測ってるんですよ。何億年、何千億年かかるか知りませんけど、そういうことが面白がれることを最終目的地にして、私は詩を書いている気がします」。そうも語った。

 取材の後も何度かお会いしたが、ずっと病院で療養されていた。それでも創作意欲は衰えず、病院の個室で黙々とペンを走らせていた。ユーモアあふれる独特の言葉遊びも健在で、新作の詩や抽象画が作品集として刊行されると、顔をほころばせた。そんな姿の一つ一つが今も強く印象に残っている。

 コーヒーをおいしそうにすすり、年下の相手にも敬語を使ったまどさん。自らの戦争体験から対話による平和を強く願い、「平行線は交わる」とも繰り返した。まどさんが今の時代をどう見つめていたのか、もっともっと聞きたかった。【内田久光】

 ◇言葉を愛した詩人

 歌人で子育て中の俵万智さん(51)は「まどさんの作品は言葉を重ねるのではなく、削って削ってシンプルな表現が心に伝わる。言葉を信頼して愛していないとできない作業」と語る。「小学4年生の息子が、まどさんの作品を口ずさんでいた。子どもに伝わるものは書き手が試される。こんなふうに言葉を使いたいと思っていた」と敬意を表した。

 ◇作品は大切な宝物

 「ぞうさん」を歌い続けてきた歌手の由紀さおりさんと姉の安田祥子さんは「長い間子どもたちのためにたくさんの歌を残してくださったことに感謝いたします。先人の残した作品を次の世代に歌い継いでもらうことが、難しい時代になりましたけれど、まど・みちおさんの作品は大切な宝物です」とのコメントを発表した。

 ◇新時代の日本語示す

 絵本や童話を手がける福音館書店元社長で児童文学者、松居直さん(87)は「まどさんは言葉の感覚はもちろん、聞く力が豊かで、大人にも子どもにも響く詩人だった。それまでの児童文学は大人が語り教えるものが主流だったが、子どもの気持ちで語るという新しい時代の日本語を示し、後の編集者や作家に道を開いた」と話した。【山崎明子、山寺香】




 まど・みちおさんの生まれ故郷の山口県周南市。代表作童謡「ぞうさん」の歌詞の碑が置かれた市立徳山動物園では28日、来園者らが「残念」と口をそろえた。隣接する下松市から訪れた下重恵理さん(34)は「小さい子も大人も知っている歌を作られていて、県民の誇りだった」と落胆した。

 昨年9月にゾウ2頭がスリランカから寄贈され、約1年半ぶりにシンボルが復活したばかり。1歳の娘とゾウを見に来たという周南市の作間真治さん(37)は「お風呂でまどさんの童謡を歌ってあげていた。とても残念」と話した。

 20年以上親交があるという周南市美術博物館の有田順一館長(58)は「本当に言葉がない。郷土の大先輩で愛すべき童謡作家だった」と話した。

 村岡嗣政知事も記者会見で「おおらかでユーモラスな童謡は永遠に心に残る」と惜しんだ。



 「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」「一ねんせいになったら」など多くを作詞した、戦後を代表する童謡詩人まど・みちお(本名石田道雄=いしだ・みちお)さんが28日午前9時9分、老衰のため東京都稲城市の病院で死去した。104歳。山口県出身。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は長男石田京(いしだ・たかし)さん。

 09年に高齢を理由に入院。昨年夏は自著にサインするなど元気な様子だったが、秋ごろから体調が悪化していた。

 小学校時代に台湾に渡り、台北工業学校卒業後、台湾総督府に勤務していた1934年、児童雑誌に投稿した詩が特選になったのをきっかけに、童謡の作詞を始めた。94年には、児童文学で最も権威ある賞の国際アンデルセン賞作家賞を日本人で初めて受賞。晩年も創作意欲は衰えず、09年には100歳の誕生日を機に新作詩集を2冊刊行した。

 人間や自然に温かなまなざしを注ぎ、生きる喜びを歌った作品は1000編超。「一ねんせいに…」は、ファンの子供3人が訪ねてきたとき何も話さない子がいたため「彼を励まし、100人も友だちをつくって、みんなで大笑いして元気づけてあげようと書き上げた」という。



 童謡詩人まど・みちおさんが28日、104歳で死去したことを受け、「ぞうさん」を歌ってきた歌手・由紀さおり(65)と姉の安田祥子(72)は「長い間、子供たちのためにたくさんの歌を残してくださったことに感謝します」と連名でコメントした。

 「ぞうさん」について「子育て真っ最中のお父さん、お母さんに今も愛唱されている大事な一曲」と表現し「まどさんの作品は大切な宝物。私たちは今も歌っています」と感謝の気持ちを表した。



続きを読む

 ソチ五輪フィギュアスケート男子金メダルの羽生結弦(19)=ANA=が、J1仙台に約3分間のビデオレターを送ったことが27日、分かった。28日にも正式に発表される。関係者によると「金メダルが取れた報告と仙台への激励のメッセージが入っている」という。仙台では3月1日の新潟との開幕戦(ユアスタ)でのハーフタイムにビデオレターの“上映会”を実施。一般にも公開して、喜びを分かち合う。

 羽生はベガルタのファンとしても知られる。東日本大震災直後の11年5月には、ユアスタでの募金活動にも参加。また同年の12月にユアスタを訪れた際には「ソチ五輪で金メダルが取れるように頑張ります」と決意を語っていた。今季はアーノルド新監督のもと、飛躍を目指すイレブン。有言実行の金メダリストの“金言”も力に、開幕ダッシュを狙う。



 J1仙台は28日、ソチ冬季五輪フィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得した羽生結弦(19=ANA)からベガルタ仙台サポーターにメッセージが届いたと発表した。

 羽生は仙台市出身で、ベガルタ仙台の試合観戦にも足を運ぶ熱心なサポーターの1人。日本男子フィギュアスケート史上初の偉業を成し遂げた“サポーター仲間”の快挙をともに分かち合うべく、3月1日のJ1開幕戦(対新潟、ユアスタ)のハーフタイム(前半終了直後を予定)にスタジアムの大型ビジョンで羽生のメッセージを放映する。続きを読む

 人気アイドルグループ・AKB48の野中美郷が28日、スマートフォン向け放送局「NOTTV」の『AKB48のあんた、誰?』内でグループ卒業を電撃発表した。また、グループ公式サイトでも卒業が報告されている。

<写真付きプロフィール>コンサートタイトルに起用された野中美郷

 野中は、公式サイトでファンに向けてコメントし、「卒業することは少し前から考えていた事で秋元先生やマネージャーさんに相談はしていました。今回の組閣の事で卒業を決めたわけではありませんが、結果として、突然の発表によりファンのみなさんを驚かせることになってしまいました。ごめんなさい」と突然の卒業発表を謝罪。

 現在の心境については、「正直、今すごく怖いです」と明かしつつ、「自分で決めた決意で、その第一歩です。自分を信じて頑張ります!!!」と前向きに報告。卒業の日程は、現在未定だが「卒業する日まで大切に、一生懸命に楽しんで過ごします!!」とファンらに誓っている。

 また、同番組内で電撃発表した理由について「実は今日で72回目という最多出演回数で大変お世話になり、また自分自身にとってもすごく思い入れのある番組である、『あんた、誰?』で自分の口から発表できる機会をいただけて嬉しかったです」と説明した。

 野中は、24日に行われた『AKB48グループ大組閣祭り』でチームKへの移籍を発表されるも、異議申し立てを行いチームBへの残留が決定したばかりだった。




 AKB48の野中美郷が28日、NOTTVで生放送された「AKB48のあんた、誰?」内で、同グループからの卒業を発表した。野中は24日に行われた「AKB48グループ大組閣祭り~時代は変わる。だけど、僕らは前しか向かねえ!~」において、AKB48チームBからチームKへの移籍が発表されたが、その後キャンセルされていた。

 野中は番組終盤で「AKB48を卒業します」と発表すると、卒業は今回の組閣がきっかけになったわけではなく、以前から考えていたことだと説明した。卒業日程は未定。

 同番組に出演していた鈴木紫帆里は放送終了後にGoogle+を更新し、野中の卒業を報告するとともに「、、、まだなんか飲み込めてないけど みちゃ大好き」と気持ちの整理が付いていないことを明かしている。

 野中は1991年生まれの22歳。2008年に第6期生としてAKB48に加入した。2012年にスタートした同グループの全国ツアータイトルは、野中の名前を冠して「野中美郷、動く。~47都道府県で会いましょう~」となっている。(編集部・福田麗)
続きを読む

熱愛・破局・事件などの芸能ゴシップを中心に、話題満載のワイドショーをイイとこ取りで紹介。これを見れば、1週間分の芸能ニュースを総ナメできる!

【もっとほかの写真をみる】

※【爽快情報バラエティー スッキリ!!】→【スッキリ】、【情報プレゼンター とくダネ!】→【とくダネ】、【情報満載ライブショー モーニングバード!】→【バード】、【ノンストップ!】→【ノン】、【情報ライブミヤネ屋】→【ミヤネ】と略表記します

●「財テク芸人・天野ひろゆきが電撃婚。新妻のボディに注目!」【ミヤネ】

キャイ~ン天野ひろゆきが、2月22日に入籍したことを公表。かねてから「女子アナ好き」を公言していた通り、相手は元テレビ愛知&フリーアナの荒井千里さん30歳で、天野とは13歳もの年の差夫婦となる。「交際1年での結婚」というが、注目が集まっているのは、荒井さんのボディ。巨乳アナとして知られ、ファンからは"しゃちほこ乳"と言われていたらしい。

さらに新聞紙面を賑わせたのは、天野の個人資産。43歳にして「資産8億円」と言われている。マンションや株などの財テクで築いた資産らしいが、芸人としての才能を上回っているような……。

●「道端ジェシカがF1ジェンソン・バトンと婚約」【スッキリ】

2008年に東京で出会い、破局を経て復縁婚となった2人。相手のバトンはイギリス出身で、甘いマスクとして知られ、世界チャンピオンになったこともあるF1ドライバー。年間契約金は、何と14億円という。まさに誰もがうらやむ、美男美女のセレブ婚だ。

これを聞いてひがみモードの加藤浩次は、「(どうせ)わがままな男なんでしょ」と憎まれ口。テリー伊藤も「たぶん世界中に女がいますよ」と加勢する。さらに加藤が「タイガー・ウッズみたいになる」、テリーも「心配だよね。危険と隣り合わせだから」と言いたい放題。こんな深夜番組バリの自由さが『スッキリ』の強みだ。

●「小悪魔女優・深田恭子に100人斬りの新恋人か」【ミヤネ】

アイドル、若手俳優、モノマネタレントとの熱愛発覚から"小悪魔女優"と言われる深田。今度の相手は、34歳の人気イタリア料理店オーナー。スリムな筋肉質で、短髪チョビひげ、かつてバラエティ番組で「100人以上の女性と恋をした」と発言したことのある男性らしい。「深田の自宅に2連泊した」という報道が流れたが、真相はどうなのか。

深田の自宅から出てきたところを直撃された男性は、「つき合ってない。姉の友だちで親しくなってご飯を食べるようになっただけ。自宅に行くというか、水とか食材とか重いものを運んであげている」と交際を否定した。

しかし、交際3年で「結婚目前」と言われたイケメン俳優・五十嵐麻朝とは別れてしまったのか。どちらにしても"結婚しそうでしない"根っからの女優気質な人だ。

●「長澤まさみに突然の破局報道。映画でヌードも?!」【ミヤネ】

伊勢谷友介との熱愛報道から1年。「結婚秒読み」と伝えられていた2人が破局したという。 2012年秋ごろのドラマ共演をきっかけに交際スタート。年の差11歳のカップルは、昨年3月に長澤のマンションでの2ショット、6月に同棲報道、その後もスーパーでの買い物姿を目撃されるなど、順調と見られていた。長澤の所属事務所は、「記事の通りだと思われます」とコメントしただけに信ぴょう性は高い。年の差11歳のカップルに何があったのか。

さらに驚かされたのは、長澤が香港映画でヌードになったという報道。真相が分からなかったのか、ガセなのか、番組はそのことに触れようとせず……。こんな下世話な話題こそ、宮根誠司のホンネが聞きたいのに。

●「岡村隆史が天野ひろゆきに激怒。同棲宣言も」【スッキリ】

某イベントに出演した岡村が、電撃婚の天野について初コメント。「(独身芸人の仲間だったのに)完全な裏切り行為ですよ」「いつも『天野くん、いいことあった?』、『全然ないよ』、『オレもないよ』ってのが、あいさつになってたのに……ずっと騙されていましたわ」と不満をぶちまけた。ただ、自分の恋愛について聞かれると、「同棲に憧れる。それが無理なら海外旅行!」と前向きモードに。ただ、最後に加藤浩次がボソッと「岡村はホントに(恋愛が)ないからね」とつぶやいたのがリアルだった。

●「全身がんの樹木希林、笑顔いっぱいの消滅宣言」【ミヤネ】

全身がんの告白から1年。その後、昨年12月に放射線治療をしたことを明かしていたが、ここにきて報告があった。13カ所への転移があったと言われていたが、「医学の力というか進歩はスゴイ。大きく体に影響するものは消滅したみたい」とコメント。記者たちをホッとさせたと思ったら、「『いつ死ぬのかな』と言われると、死ぬ死ぬ詐欺みたいだけど」「(『気をつけていることは?』と聞かれ)「大食いにならないように」と笑い飛ばした。がん患者やその家族にとって、希望の星になっている。

●「よゐこ濱口優と南明奈が真剣交際! 両者とも認めた」【ノンストップ】

年の差18歳の2人は、昨年秋から交際をはじめ、東京ディズニーランドで10回以上デートし、今月5日には表参道ヒルズで濱口が南にブーツをプレゼント、カラオケやコンビニでの目撃談もあるという。

双方の事務所ともに「報告を受けております」とコメントしたほか、この日の朝5時に南が自身のブログで交際を認めた。ということは今後、濱口も番組でネタに使うだろう。もともと結婚願望が強いだけに、矢部浩之、田村淳、天野ひろゆきら、昨年から続く"アラフォー芸人婚"の流れに乗る可能性十分だ。

事務所の後輩・岡田圭右は、「昨日、濱口先輩からわざわざ電話がありまして、『アッキーナのハート、獲ったど~』って。今、私が考えたんですけど、交際は認めていました」「(濱口は)優しいし、オシャレだし、お金持ってるからいい」と祝福。それにしても、小倉優子、倉科カナ、南明奈……顔もキャラも濱口の狙いは一貫している。

●「広末涼子が夫の留守中に佐藤健と通い不倫」【ノンストップ】

今月21日夜、佐藤の自宅マンションに広末が入り、翌日早朝に出る様子が撮られた。しかも、広末はピンヒール&網タイツのセクシー姿であり、その日は夫のキャンドル・ジュン氏が復興支援の仕事で東京にいなかったらしい。両事務所とも報道を否定したが、認めたら不倫となり、広末には2人の子供もいるため、それは当然の対応だろう。

昨年、広末がひさびさに主演したドラマ『スターマン』は、子持ち女と年下男(福士蒼汰)の恋愛モノだっただけに、妙にリアルな気がしてしまう。

●「EXILEの新パフォーマーオーディションに密着。話題作り?!」【スッキリ】

同番組はボーカリストオーディションやHIROの引退に続いて、今回のオーディションにも密着。EXILEとやたら懇意なのだ。

リーダーのHIROは、「15~25歳と年齢層も広いので、新たな才能を見つけたら」「(合格は)1人ではないと思う。合う人がいれば何人でも」と意気込み十分。かつてボーカリストオーディションを勝ち抜いたTAKAHIROは、「僕は『EXILEになりたい』ってのが夢だったので、そこだけ(が大事かな)。加入できた理由はいまだに分かっていない」と熱く語る。それを聞いたHIROは、「(TAKAHIROは)見た瞬間にエネルギーがあったし、輝いていた。だから『歌、失敗しないで』と応援していた」と裏話を明かした。

間もなく2次審査が行われ、3月末の合宿審査を経て、最終審査は4月27日の日本武道館で行われるという。このオーディションには、知名度の高い関口メンディーらEXILE TRIBE(一族)の7人も参加するらしい。厳しさというより、話題作りのにおいが……。



ソチ五輪が終わって、ワイドショーは今週から通常放送に戻った。五輪中、「エンタメまるごとクイズッス」(『スッキリ』)が休みだった天の声(山里亮太)は、意気込みすぎて空回り。用意した新コーナーがことごとく滑りまくって、「あれ、調子悪いや」「加藤さん、ごめん」を連発していた。「生放送のアドリブでは業界一」と言われる山里でもこうなのだから、やはり芸人はしゃべり続けてナンボか。

木村隆志

コラムニスト、芸能・テレビ評論家、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超える重度のウォッチャーであり、雑誌やウェブにコラムを執筆するほか、業界通として各メディアに出演&情報提供。取材歴1000人超のタレント専門インタビュアーでもあり、著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。

(木村隆志) 続きを読む

このページのトップヘ