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2008年09月

 [東京 25日 ロイター] NHKなど国内各メディアによると、小泉純一郎元首相(66)は25日、次期衆院議員選挙に出馬せず、今期限りで引退する意向を関係者に伝えた。共同通信によると、次男の進次郎氏(27)を後継候補とする方向。

 小泉元首相は今月に入って都内で開かれた出版記念フォーラムで「もう少し頑張って、この日本をよくするよう、側面からお役に立てればと思っている」と語っていた。

 また「自民党を取り巻く風は厳しい。逆風のなかの逆風だ」とし、「結党以来、最大の逆風の選挙が待ち構えている」とも話していた。

 小泉元首相は1972年に30歳で衆議院に初当選。小泉改革への国民の圧倒的支持を受け、2001年4月に首相に就任して以来、2006年9月まで約5年半の長期政権を維持した。



 小泉元首相が25日、政界引退を表明した。小泉元首相の政界引退の理由について、様々な憶測が飛び交っている。

 小泉元首相は25日夜、地元・神奈川県の自民党関係者の元を訪れた。自民党神奈川県連・竹内英明氏は「首相(を務めた)5年半も皆さんのおかげで頑張ってこられて『自分なりに燃焼した』と。(首相を辞めた)段階で『“引き際”を考えていた』と」と話した。

 今回の引退表明について、「引き際」を評価する声も多く聞かれた。

 石破農水相「やっぱり小泉さんらしい引き際であり、引き際は潔く見事にという小泉さんらしい美学だと思います」

 東京・石原都知事「へぇ~そう。純ちゃんらしいね」

 宮崎・東国原県知事「引き際の美学という視点なら、去り際がきれいという印象」

 一方、今回の自民党総裁選で、応援した小池百合子元防衛相の票が伸びず、小泉改革路線の修正を目指す麻生太郎氏が首相になったことで、自分の時代の終わりを悟ったとの見方もある。小池氏は「ご本人に聞かれたらどうでしょう」と話した。

 自民党への影響について、郵政民営化の「造反」組である野田聖子消費者相は「(前回の選挙で)小泉元首相の影響下で当選した議員にとっては、独り立ちしなければならないという厳しい環境に置かれるのかなと」と述べた。

 「小泉チルドレン」の一人、佐藤ゆかり議員は「びっくりしましたけれど、広い意味で政治家としての活動を続けると伺っているので、色々な意味でまた交流の場はいただけるのかなと。(Q小泉元首相がいなくて大丈夫?)大丈夫というのは選挙ではあり得ない」と話した。

 また、同じく小泉チルドレンの一人で、第3次小泉内閣で少子化担当相に抜てきされた猪口邦子議員は「色々お考えになって、戦略的なタイミングを見て辞める決意を表明されたと思うので、これからの新しい一歩を祝して…と思って、ケーキを買って来ちゃった。(小泉元首相は)永久に師匠。永久に政治的な生みの親。(これからは)心の後ろ盾」と語った。

 小泉元首相の引退は、今後どのような影響を及ぼすのだろうか。




 自民党の小泉純一郎元首相(66)が、次期衆院選に出馬せず今期限りで政界引退する意向を地元、神奈川県横須賀市の関係者に伝えたことが25日、分かった。同時に次男進次郎氏(27)を後継として衆院選に擁立したい考えを伝達。本人が27日に地元で支援者に対し説明する方向だ。

 小泉氏は首相在任中に郵政、道路公団民営化などの構造改革路線を推進。北朝鮮を2度訪問し拉致被害者の帰国を実現した。郵政民営化を争点とした2005年の「郵政選挙」では自民党296議席で公明党と合わせ与党が衆院の3分の2を超える大勝を果たした。小泉氏にとってはこれが最後の選挙となった。

 小泉氏は01年の党総裁選で圧勝し、第87代首相に就任。各種世論調査で高支持率を記録し、国民的人気を背景に約5年5カ月の長期政権を維持した。

 郵政選挙では、郵政民営化法案に反対票を投じた自民党議員を公認せず、公募新人などを「刺客」候補として擁立し、話題を呼んだ

 06年9月には首相の座を安倍晋三氏に譲ったが、その後も世論調査で常に「次の首相」の上位に位置し、自民党内でもしばしば再登板を待望する声が上がっていた。

 外交面では、02年9月には平壌を電撃的に初訪問し、金正日総書記とのトップ会談で日朝平壌宣言に署名。その後、5人の拉致被害者が帰国した。04年5月にも再訪朝して拉致被害者家族の帰国を実現させ、中断していた日朝交渉再開の糸口をつくった。ただ日朝協議はその後、大きく進展せず国交正常化の見通しはついていない。



 郵政民営化に反対し自民党を除名された改革クラブの荒井広幸参院議員は25日夜、小泉純一郎元首相の政界引退について「小泉改革の負の遺産は格差社会を生み、地方に苦しみを与えている。引退は負の遺産への批判を避け、国民の審判から逃げる敵前逃亡だ」とのコメントを出した。


 小泉純一郎元首相が政界引退の意向を伝えた25日、地元の神奈川県横須賀市の支援者らには「(引退には)若すぎる」「辞め方もサプライズ」と惜しむ声があがった。その一方、最も有力な後援者は「中曽根康弘、宮沢喜一の両元首相に引退を勧告したのだから自らも律したのだろう」と潔さを評価した。

 小泉氏がこの後援者に引退の意向を明らかにしたのは今月初め。元首相は「今まで本当にありがとう」と手を握り「議員バッジを外しても政治活動は続ける」と語ったという。

 元首相は66歳。父純也氏は65歳で亡くなっており、かつて「(自分も)おやじの年齢になったら引退かな」と漏らしたことがあったという。

 元首相が後継として指名した次男の進次郎氏は27歳で、小泉氏が初めて衆院選に打って出たのと同じ年。「明るくて気さくな若者」「腰が低くてまじめ、立派な後継者になるだろう」というのが後援者の共通した印象だ。

 進次郎氏は日本の大学を卒業後に米国に留学。米国のシンクタンク勤務を経て帰国し、昨年の秋ごろから元首相の地元事務所に出入りし、事実上私設秘書として先輩秘書に連れられて選挙区回りをしていた。

 横須賀市の事務所前には25日夜から数十人の報道陣が次々と詰め掛け、一時は騒然とした雰囲気に。通り掛かった40代の女性は「びっくりした。辞め方もサプライズ」と興奮気味。男性会社員(57)は「格差が広がるなど規制緩和を進めた小泉改革の負の部分が出てきた中での突然の引退は無責任だ」と憤慨していた。



 小泉純一郎元首相の要請で道路公団民営化に取り組んだ東京都の猪瀬直樹副知事は25日、「政界再編の渦に巻き込まれると、ある勢力の代表というか、ただの人になってしまう可能性もある。バッジがない方が影響力を保ち続けられると、本能的な直感で(引退を)選んだのかもしれない」と述べた。

 道路公団改革については「普通の永田町の人間とは違う小泉さんだからお手伝いした。小泉さんは変人だから人間関係のバランスシートがいらない。だから思い切ってやれる」と評価。「小泉さんは改革の象徴。議席がなければ、現実の勢力争いに巻き込まれないのである種、純化して発言できる」と期待を込めた。


 小泉純一郎元首相(66)が、今期限りで政界引退する意向を固めた。25日、地元神奈川県横須賀市の後援者に伝えた。後継には、次男の進次郎氏(27)を擁立する。小泉氏は01年4月の首相就任後、長く国民的人気を保ち、05年郵政選挙では「小泉劇場」で党を圧勝させた。さきの総裁選で、小泉路線に一線を画した麻生太郎首相(68)が勝利。麻生内閣初日の電撃発表で、リベンジしたとの見方もある。麻生内閣の支持率は低迷。衆院選で小泉氏という「重し」を失う自民党は、今度こそ小泉氏にぶっ壊されてしまうのだろうか。

 小泉氏は25日夜、横須賀市で行われた後援会で、後援者に今期限りでの引退を伝えた。出席者によると「36年間議員生活をしてきたが、自分の役割は済んだ。引き際を大事にしたい」「自分なりに燃焼した」と述べたという。会合終了後、車に乗り込んだ小泉氏は、後部座席に座ると窓をあけた。報道陣が「本当に引退するんですか」と問いかけると、無言で何度もうなずいた。

 関係者によると、小泉氏は総裁選の投開票が行われた22日、周囲に政界引退の意思を漏らしたという。麻生氏の党総裁就任が決まった日だ。麻生氏は、小泉構造改革路線に一線を画して地方や議員の支持を広げ、総裁の座に上り詰めたが、小泉内閣で総務相や外相を務めた、いわば“身内”。その麻生氏が、自身の路線にブレーキをかけたのとひきかえに、党総裁の座を得た。何か胸に期するものがあったのか、党本部から出る際、小泉氏は非常に厳しい表情だった。

 首相在任中に得意としていたサプライズでの引退表明。自民党内では、総裁選で構造改革路線を継承した小池百合子元防衛相(56)が敗れ「自らの役回りが終わったと思ったのでは」(関係者)との見方や「このままずるずる国会議員を続けることは、自身の美学に反すると思ったのかもしれない」(自民党議員)との声が出た。一方で、麻生氏への反発から、麻生内閣が本格的に船出した25日に発表したとの見方もある。

 小泉氏は、1度裏切った人間は2度と許さないことで知られる。郵政造反組に刺客を立て、郵政選挙を戦ったことからもうかがえる。麻生氏は、01年総裁選で小泉氏と戦って負けながら、小泉内閣で閣僚に登用されステップアップ。安倍内閣末期には幹事長にも就いた。しかし、その時に平沼赳夫衆院議員(69)ら造反組の復党を画策。安倍内閣が退陣し復党はならなかったが、その時から2人の間に決定的な亀裂が生じた。今年5月には、ゴルフをともにして“手打ち”をしたとみられたが、総裁選での麻生氏の対応を受け、あえてこの時期に引退表明に踏み切った可能性もある。麻生内閣は、完全に出はなをくじかれた。

 小泉氏は首相退任後も「小泉新党」の憶測が消えず、本人が否定しても再登板への期待が強かった。今も高い人気を狙って、次期衆院選で小泉氏の応援を得たり、ツーショットのポスターを予定していた議員は新人だけでなくベテランにも及ぶ。小泉氏という「売り」がなくなれば、選挙戦への影響は避けられない。

 小泉氏はこの日夜、森喜朗元首相(71)に電話し「政治活動はまだやめない。国会活動をしないだけだ」と伝え、発言は続ける意思を示したという。麻生首相は衆院選で、民主党だけでなく小泉氏の重圧とも戦わなくてはならなくなった。


 小泉元首相の引退意向を受け、05年郵政選挙で初当選した「小泉チルドレン」に衝撃が走った。第3次小泉内閣で少子化担当相に抜てきされた猪口邦子氏(56)は「私は何も聞いていない」と言葉を詰まらせ、「本人の口からはっきり聞くまで信じられない」と繰り返した。山内康一氏(35)は「改革路線のシンボルがいなくなるのは厳しい」と悔しさをにじませつつ「応援演説に来てもらえないと困る人も出てくるのではないか」と次期衆院選への影響に気をもんだ。首相秘書官も務めた小野次郎氏(55)も「信じられない。間違いではないのか」と驚きを隠さなかった。

 納得の声も上がった。牧原秀樹氏(37)は「郵政民営化実現後、首相を辞めた時から次の選挙に出ないと思っていた。小泉さんらしい男の美学だ」と話した。


<担当記者の目>

 「引き際の美学」を大事にしていた小泉元首相らしい、引退表明だと思った。郵政解散に見られるように、決めたことは譲らない。小泉氏はかつて、父純也さんが亡くなった65歳までには政界を退きたい意向を示していた。すでにその年齢は過ぎている。郵政選挙で圧勝し、06年9月の任期以降も続けるよう期待する声もあったが、固辞。引き際を大事にしたからだろう。

 引き際を考えているのだろうか、と感じたのは昨年の参院選。最後の演説会場に選んだのは、母校の小学校。約50年ぶりの訪問と聞いた。旧友を前にして涙ぐむ場面もあった。会場に入りきれなかった1000人の前にもわざわざ出て、手を振った。結果的に、あれが最後の「小泉劇場」になった。

 「サプライズ」で有権者を驚かせてきた手法も思い出す。麻生首相がニューヨークに旅立ち、平穏だったこの日の永田町は、突然の大騒ぎ。最後のサプライズに「らしさ」を感じた。

 でも先日は「らしくなさ」を見た。総裁選で支持表明した小池元防衛相の激励ランチに登場。敗戦濃厚で、会に集まったのは二十数人。負ければ当然、「小泉氏の影響力は落ちた」と言われるリスクがあった。小池氏のPRにはなったが、小泉氏にとって良かったかどうか。これまで、マスコミ戦略は腹心の飯島勲元秘書が担ってきた。飯島氏は、昨年の総裁選での対応の違いを理由に小泉氏のもとを去った。もし飯島氏がいれば、あの形で昼食会に出ただろうか。「昔と何かが違う」と取材しながら思っていた矢先の、引退表明だった。(文化社会部中山知子。95年総裁選から取材)


 麻生太郎首相は25日夜(日本時間26日午前)、報道各社の世論調査で発足直後の麻生内閣の支持率が50%を下回ったことに関し「見た目だけで話すのと同じで仕事をした上での評価ではない」と述べ、今後実績を示し支持率向上を図りたいとの考えを強調した。「支持率にはあまり興味ない」とも述べた。

 ニューヨーク市内の国連本部で記者団の質問に答えた。

 小泉純一郎元首相の政界引退については「前から後継は(次男の)進次郎氏にすると言っていた。お父さんと違って奇人、変人ではない普通の人だ」と述べた。

 日本の国際貢献に関連し、集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈見直しについて「重要な問題で解釈を変えるべきだと言ってきた」と表明。ただインド洋での海上自衛隊の給油活動は集団的自衛権の問題とは関係ないとの認識を示した。


 政界引退を表明した自民党の小泉純一郎元首相は26日午前、都内の町村派事務所を訪ね、同派幹部の森喜朗、安倍晋三両元首相、町村信孝前官房長官と会談、「今期で衆院議員としては勇退することを決断した」と引退を正式に報告した。

 安倍氏によると、小泉氏は自らの出身派閥である町村派に関し「清和政策研究会(町村派)には初当選以来、福田赳夫元首相にご指導を受け、ずっとお世話になった」と謝辞を述べ、安倍氏らは「長い間大変お世話になりました」と応じたという。

 約30分の会談後、小泉氏は記者団に「明日、横須賀、三浦でお話しします」と述べた。

 安倍氏は小泉氏の引退に関し記者団に対して「小泉さんらしい。首相として全力を尽くしやるべきことはやったということだろう。もしかしたら首相を辞めたときから(引退を)考えていたのかもしれない」と述べた。


 大阪府の橋下徹知事は26日、小泉純一郎元首相の引退について記者団に「本当にお疲れさま、としか言いようがない。小泉元首相がやったことと比べたら、ぼくのやったことは砂ぼこりみたいなもの。やってみて初めて大変さが分かる」と語った。

 橋下知事は「小泉改革」について「大賛成。何も問題ない。最初に風穴をあけるのがどれだけ大変なことか」と、自らが手掛けた府の財政再建と重ねて評価した。

 小泉元首相が次男を後継指名したことには「いやだったら有権者が落とせばいい」と語った。



 自民党の小泉純一郎元首相(66)が、次期衆院選に出馬せず今期限りで政界引退する意向を地元、神奈川県横須賀市の関係者に伝えたことが25日、分かった。同時に次男進次郎氏(27)を後継として衆院選に擁立したい考えを伝達。本人が27日に地元で支援者に対し説明する方向だ。

 小泉氏は首相在任中に郵政、道路公団民営化などの構造改革路線を推進。北朝鮮を2度訪問し拉致被害者の帰国を実現した。郵政民営化を争点とした2005年の「郵政選挙」では自民党296議席で公明党と合わせ与党が衆院の3分の2を超える大勝を果たした。小泉氏にとってはこれが最後の選挙となった。

 小泉氏は01年の党総裁選で圧勝し、第87代首相に就任。各種世論調査で高支持率を記録し、国民的人気を背景に約5年5カ月の長期政権を維持した。

 郵政選挙では、郵政民営化法案に反対票を投じた自民党議員を公認せず、公募新人などを「刺客」候補として擁立し、話題を呼んだ

 06年9月には首相の座を安倍晋三氏に譲ったが、その後も世論調査で常に「次の首相」の上位に位置し、自民党内でもしばしば再登板を待望する声が上がっていた。

 外交面では、02年9月には平壌を電撃的に初訪問し、金正日総書記とのトップ会談で日朝平壌宣言に署名。その後、5人の拉致被害者が帰国した。04年5月にも再訪朝して拉致被害者家族の帰国を実現させ、中断していた日朝交渉再開の糸口をつくった。ただ日朝協議はその後、大きく進展せず国交正常化の見通しはついていない。



 小泉純一郎元首相の要請で道路公団民営化に取り組んだ東京都の猪瀬直樹副知事は25日、「政界再編の渦に巻き込まれると、ある勢力の代表というか、ただの人になってしまう可能性もある。バッジがない方が影響力を保ち続けられると、本能的な直感で(引退を)選んだのかもしれない」と述べた。

 道路公団改革については「普通の永田町の人間とは違う小泉さんだからお手伝いした。小泉さんは変人だから人間関係のバランスシートがいらない。だから思い切ってやれる」と評価。「小泉さんは改革の象徴。議席がなければ、現実の勢力争いに巻き込まれないのである種、純化して発言できる」と期待を込めた。




 郵政民営化に反対し自民党を除名された改革クラブの荒井広幸参院議員は25日夜、小泉純一郎元首相の政界引退について「小泉改革の負の遺産は格差社会を生み、地方に苦しみを与えている。引退は負の遺産への批判を避け、国民の審判から逃げる敵前逃亡だ」とのコメントを出した。




 小泉純一郎元首相が政界引退の意向を伝えた25日、地元の神奈川県横須賀市の支援者らには「(引退には)若すぎる」「辞め方もサプライズ」と惜しむ声があがった。その一方、最も有力な後援者は「中曽根康弘、宮沢喜一の両元首相に引退を勧告したのだから自らも律したのだろう」と潔さを評価した。

 小泉氏がこの後援者に引退の意向を明らかにしたのは今月初め。元首相は「今まで本当にありがとう」と手を握り「議員バッジを外しても政治活動は続ける」と語ったという。

 元首相は66歳。父純也氏は65歳で亡くなっており、かつて「(自分も)おやじの年齢になったら引退かな」と漏らしたことがあったという。

 元首相が後継として指名した次男の進次郎氏は27歳で、小泉氏が初めて衆院選に打って出たのと同じ年。「明るくて気さくな若者」「腰が低くてまじめ、立派な後継者になるだろう」というのが後援者の共通した印象だ。

 進次郎氏は日本の大学を卒業後に米国に留学。米国のシンクタンク勤務を経て帰国し、昨年の秋ごろから元首相の地元事務所に出入りし、事実上私設秘書として先輩秘書に連れられて選挙区回りをしていた。

 横須賀市の事務所前には25日夜から数十人の報道陣が次々と詰め掛け、一時は騒然とした雰囲気に。通り掛かった40代の女性は「びっくりした。辞め方もサプライズ」と興奮気味。男性会社員(57)は「格差が広がるなど規制緩和を進めた小泉改革の負の部分が出てきた中での突然の引退は無責任だ」と憤慨していた。




 小泉純一郎元首相の後継は、次男の進次郎氏(27)だ。サッカー元日本代表FW柳沢敦似のイケメンで、政治一家の4代目となる。小泉氏の事務所でスタッフとして父親を支え、すでに地元回りも始めている。

 小泉氏が後継として擁立する構えの次男進次郎氏は、サッカー元日本代表の柳沢敦に似たイケメン。27歳は、小泉氏が初めて衆院選に打って出たのと同じ年だ。「明るくて気さくな若者」「腰が低くてまじめ、立派な後継者になるだろう」と、地元の後援者は好印象を持っている。

 進次郎氏は、高校時代には野球に打ち込み、首相になる前の小泉氏が、スタンドに応援に駆けつけたこともある。父親が01年総裁選に勝ち、首相に就任した後の夏休みに神奈川県箱根町に滞在した際は、ホテルの近くで報道陣や宿泊客に見守られながら、親子でキャッチボールをしたことで知られる。

 学生時代から、小泉氏の選挙活動を手伝ってきた。小泉氏や周辺は、かねて長男でタレントの孝太郎氏ではなく進次郎氏を後継にと考え、さまざまな場に進次郎氏を同行していた。人当たりは非常にソフト。歌舞伎が趣味の小泉家が観劇したときに同行した際には、ともに訪れていた支援者ら1人1人にあいさつして回るなど、若いころから政治家になるための「帝王学」を授けられていたようだ。

 進次郎氏はここ数年、米国に留学しワシントンにある保守系シンクタンクに勤務。昨年帰国した後は、議員会館にある事務所や、横須賀の地元事務所に入って、小泉氏の秘書らとともに支援者回りに同行していた。今年に入って、小泉氏が進次郎氏を伴って地元入りする回数が増えた。父親の引退表明に続いて進次郎氏は「父の意思を継いで厳しい戦いに挑んでいきたい。引き続き支援をお願いしたい」と出馬表明すると、県議や市議から「応援するぞ」「がんばれ」という声が上がったという。



 自民党の小泉純一郎元首相が政界を引退する意向とのニュースが伝わった25日夜、地元の同党神奈川県連(横浜市)には報道陣が次々と駆け付け、職員が対応に追われた。佐々木誠一事務局長は「引退の知らせを記者から聞いて驚いた。うわさはなかったわけではないが、出ると思って準備を進めてきた」とショックを隠しきれない様子。「事実確認をし、候補者の差し替え作業を急ぎたい」と話した。同県選出の河野洋平衆院議長(71)も18日、引退を表明したばかりで「大御所2人が引退することに寂しい気持ちはある」と漏らした。




 小泉純一郎元首相(66)が、今期限りで政界引退する意向を固めた。25日、地元神奈川県横須賀市の後援者に伝えた。後継には、次男の進次郎氏(27)を擁立する。小泉氏は01年4月の首相就任後、長く国民的人気を保ち、05年郵政選挙では「小泉劇場」で党を圧勝させた。さきの総裁選で、小泉路線に一線を画した麻生太郎首相(68)が勝利。麻生内閣初日の電撃発表で、リベンジしたとの見方もある。麻生内閣の支持率は低迷。衆院選で小泉氏という「重し」を失う自民党は、今度こそ小泉氏にぶっ壊されてしまうのだろうか。

 小泉氏は25日夜、横須賀市で行われた後援会で、後援者に今期限りでの引退を伝えた。出席者によると「36年間議員生活をしてきたが、自分の役割は済んだ。引き際を大事にしたい」「自分なりに燃焼した」と述べたという。会合終了後、車に乗り込んだ小泉氏は、後部座席に座ると窓をあけた。報道陣が「本当に引退するんですか」と問いかけると、無言で何度もうなずいた。

 関係者によると、小泉氏は総裁選の投開票が行われた22日、周囲に政界引退の意思を漏らしたという。麻生氏の党総裁就任が決まった日だ。麻生氏は、小泉構造改革路線に一線を画して地方や議員の支持を広げ、総裁の座に上り詰めたが、小泉内閣で総務相や外相を務めた、いわば“身内”。その麻生氏が、自身の路線にブレーキをかけたのとひきかえに、党総裁の座を得た。何か胸に期するものがあったのか、党本部から出る際、小泉氏は非常に厳しい表情だった。

 首相在任中に得意としていたサプライズでの引退表明。自民党内では、総裁選で構造改革路線を継承した小池百合子元防衛相(56)が敗れ「自らの役回りが終わったと思ったのでは」(関係者)との見方や「このままずるずる国会議員を続けることは、自身の美学に反すると思ったのかもしれない」(自民党議員)との声が出た。一方で、麻生氏への反発から、麻生内閣が本格的に船出した25日に発表したとの見方もある。

 小泉氏は、1度裏切った人間は2度と許さないことで知られる。郵政造反組に刺客を立て、郵政選挙を戦ったことからもうかがえる。麻生氏は、01年総裁選で小泉氏と戦って負けながら、小泉内閣で閣僚に登用されステップアップ。安倍内閣末期には幹事長にも就いた。しかし、その時に平沼赳夫衆院議員(69)ら造反組の復党を画策。安倍内閣が退陣し復党はならなかったが、その時から2人の間に決定的な亀裂が生じた。今年5月には、ゴルフをともにして“手打ち”をしたとみられたが、総裁選での麻生氏の対応を受け、あえてこの時期に引退表明に踏み切った可能性もある。麻生内閣は、完全に出はなをくじかれた。

 小泉氏は首相退任後も「小泉新党」の憶測が消えず、本人が否定しても再登板への期待が強かった。今も高い人気を狙って、次期衆院選で小泉氏の応援を得たり、ツーショットのポスターを予定していた議員は新人だけでなくベテランにも及ぶ。小泉氏という「売り」がなくなれば、選挙戦への影響は避けられない。

 小泉氏はこの日夜、森喜朗元首相(71)に電話し「政治活動はまだやめない。国会活動をしないだけだ」と伝え、発言は続ける意思を示したという。麻生首相は衆院選で、民主党だけでなく小泉氏の重圧とも戦わなくてはならなくなった。





 麻生太郎首相は25日夜(日本時間26日午前)、報道各社の世論調査で発足直後の麻生内閣の支持率が50%を下回ったことに関し「見た目だけで話すのと同じで仕事をした上での評価ではない」と述べ、今後実績を示し支持率向上を図りたいとの考えを強調した。「支持率にはあまり興味ない」とも述べた。

 ニューヨーク市内の国連本部で記者団の質問に答えた。

 小泉純一郎元首相の政界引退については「前から後継は(次男の)進次郎氏にすると言っていた。お父さんと違って奇人、変人ではない普通の人だ」と述べた。

 日本の国際貢献に関連し、集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈見直しについて「重要な問題で解釈を変えるべきだと言ってきた」と表明。ただインド洋での海上自衛隊の給油活動は集団的自衛権の問題とは関係ないとの認識を示した。




 大阪府の橋下徹知事は26日、小泉純一郎元首相の引退について記者団に「本当にお疲れさま、としか言いようがない。小泉元首相がやったことと比べたら、ぼくのやったことは砂ぼこりみたいなもの。やってみて初めて大変さが分かる」と語った。

 橋下知事は「小泉改革」について「大賛成。何も問題ない。最初に風穴をあけるのがどれだけ大変なことか」と、自らが手掛けた府の財政再建と重ねて評価した。

 小泉元首相が次男を後継指名したことには「いやだったら有権者が落とせばいい」と語った。



 26日の韓国各紙は小泉純一郎元首相の政界引退を東京発で伝え、麻生太郎首相が反小泉陣営と目された政治家を閣僚に登用するなど「小泉路線の清算作業に着手した時点」(朝鮮日報)での引退だけに今後の日本政界に微妙な影響を与えるなどと分析した。

 各紙とも、小泉元首相が首相在任中に毎年靖国神社を参拝し、近隣国との摩擦を生んだと指摘。また構造改革で日本経済を長期不況から脱却させた一方で、所得格差拡大を招き、政権運営への評価は分かれているが、首相退陣後も大衆的人気を維持してきたと伝えた。




 政界引退を表明した自民党の小泉純一郎元首相は26日午前、都内の町村派事務所を訪ね、同派幹部の森喜朗、安倍晋三両元首相、町村信孝前官房長官と会談、「今期で衆院議員としては勇退することを決断した」と引退を正式に報告した。

 安倍氏によると、小泉氏は自らの出身派閥である町村派に関し「清和政策研究会(町村派)には初当選以来、福田赳夫元首相にご指導を受け、ずっとお世話になった」と謝辞を述べ、安倍氏らは「長い間大変お世話になりました」と応じたという。

 約30分の会談後、小泉氏は記者団に「明日、横須賀、三浦でお話しします」と述べた。

 安倍氏は小泉氏の引退に関し記者団に対して「小泉さんらしい。首相として全力を尽くしやるべきことはやったということだろう。もしかしたら首相を辞めたときから(引退を)考えていたのかもしれない」と述べた。





 25日、電撃的に政界引退表明したばかりの自民党の小泉純一郎元首相(66)が26日、早くも今後の活動に意欲をみせた。大阪市のホテルで、塩川正十郎元財務相の米寿(数え年88)を祝う会に出席、「塩じいのように80を過ぎるまでは(活動したい)」と、純じい宣言。周囲の大騒ぎをよそに、相変わらずのマイペースだった。森喜朗元首相(71)らに麻生自民党を支えることも明言した。27日、地元で後継者の進次郎氏(27)を正式に“お披露目”する。

 引退表明から一夜明けても、小泉節は健在だった。小泉内閣の財務相で、小泉氏の相談相手でもある「塩じい」こと塩川氏の米寿を祝う会。報道陣をシャットアウトして、引退後のプランに言及した。

 出席者によると、小泉氏は「前から総理を辞めたら議員を辞めようと思っていたが、任期途中では選挙民に失礼。ただ任期満了まで1年を切り、近く解散総選挙が行われる。そろそろいい時期だと思った」と、この時期での表明に踏み切った理由を説明。「国会議員の肩書がなくても、政治活動はできると信じている。塩川さんを見ると、まさしくそういう立場だ」と、86歳の今も政界ご意見番として活躍する塩川氏をチラリ。「できれば、塩じいのように80をすぎるまで元気な姿で活動できれば」と宣言した。

 完全引退か、活動続行か。次の動向が注目される中、現役としての活動継続を明言、今後は物申す立場で動く考えを示した。

 小泉氏はこれに先立ち、午前11時から約30分、都内のホテルで森氏、安倍晋三元首相(54)、町村信孝前官房長官(63)と会った際も、活動続行に意欲満々。「国会活動に制約を受けたくない」とマイペース宣言した上で、「いろんなことがあっても麻生太郎首相を選んだのだから、麻生氏で頑張ることだ。絶対負けられないのでおれも(一緒に)しっかりやる」と、協力を明言。次期衆院選の応援も「自分がやってプラスになるところは積極的に、派閥を超えてやる」と述べたという。

 そんな小泉氏に、総裁選で応援を受けた小池百合子元防衛相(56)は「むしろ、野に置かれた遊撃手としての活躍を期待したい」とエール。後継者の進次郎氏には、訪米時にスピーチ作成を手伝ってもらったことがあるといい、親子2代での親交をアピールした。その進次郎氏は27日、地元の会合で小泉氏とともに登場し、後継者宣言する。


















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